古来、参政権とは特権である。日本国憲法学では人権、それも基本的人権とされるが、本来は特権である。中世欧州では神聖ローマ皇帝の選挙権のことで、選帝侯七人にだけ与えられていた。ちなみに古代では、市民とは兵役の義務の代償として参政権を得た者のことである。
近代において、宗教戦争から脱却したウェストファリア体制以降、王朝戦争とは王様どうしの決闘であった。物理的にも場所を決めて、決闘のごとく、ただし大規模に戦う、というのが常であった。
それが、フランス革命・ナポレオン戦争によって国民戦争と化す。専門家軍人である傭兵が退場し、国民軍が編成されていき、各国は徴兵制を導入していく。このように国民が軍事的義務を果たすと、権利として参政権(選挙権・被選挙権)が付与されていく。
つまり、戦争が民主主義を促進した、のである。
そして問題の第一次大戦である。王朝戦争の時代と違い、物理的に敵国都市や軍事工場を攻撃できるようになった。これは大砲の進歩と飛行機の発明が大きい。よって、国家の生産力をどれだけ動員できるかとともに、敵国の鉄・金・紙(軍事力・経済力・文化力=人の力)を破壊するか、という戦争になる。
ちなみに女性も銃後の守りとともに、生産力向上のために軍需工場に動員されたり、戦場に行ってしまった男性の代わりに社会進出するようになる。第一次大戦を契機に、各国で婦人参政権が認められていくのは、女性も戦争に協力したからである。この時、女性が働きやすいようにと、女性用スーツが発明された。
だから、女性用スーツは軍国主義の象徴、である。私は、とある場所で「靖国神社は軍国主義の象徴です」とのたまう女性に、「貴女が今着ているスーツの方がよっぽど軍国主義的ですが」と教えてあげたら、絶句されてしまったことがある。
日本とフランスが1945年までとうとう認められなかったが、この両国は女性差別が強かったという以上に、総力戦を理解していなかったとして批判されるべきであろう。事実、第二次大戦で国土を占領されているし。もっともフランスの場合は、「あげます」と言っているのに、貴族層を中心に「義務が大きいからイヤ」と婦人の方から拒否していたらしいが。
それはさておき、第一次大戦は戦勝国の英仏も被害は甚大で、ドイツへの憎悪は国中に充満していた。「戦争をやめましょう」とか「ドイツにも寛大な講和を」などと政治家は言い出せない状況になっていた。なぜか?政治家は選挙で選ばれるようになっていたので、そんな軟弱なことを口にしようものなら、落選確実だからである。結果、ロイド・ジョージもクレマンソーも散々戦争を長引かせた挙句、ヴェルサイユ会議でドイツ民族を抹殺するに等しいような条約を押し付けたのだが、押し付けざるを得なかったのである。
つまり、民主主義は戦争を残酷にする、のである。
表題、法則とまでは言い切れないが、西欧の歴史を見ているとかなりのところでそれは言えるとは思います。