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第二次世界大戦の勝者は誰だったのか?(完)―中華人民共和国の場合

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 そもそも、この人たち、国でも何でもなかったですね。
 ところが、中華民国(蒋介石の国民党政府)が連合国に五大国としておだてられている間に、
牙を研ぎ続けて、遂に中華人民共和国を建国してしまいました。
 今に至る中国共産党支配の始まりです。

 これを指導したのが毛沢東です。
 中国共産党など、最初は中国国民党内の秘密結社にすぎませんでした。
 蒋介石が「掃共」とか言い出して内戦を始めると、全戦全敗です。
 ひたすら逃げ回ります。(長征とか言いながら)
 その間にも、国民党内部にかなりのスパイを浸透させます。
 で、反日を煽り、つまり「日本留学帰り」を自慢する蒋介石を遠まわしに攻撃しながら、
「中国人民は抗日戦で一致団結を!日本人を殺さない奴は売国奴だ!」と煽りまくった訳です。
 ここまで来ると、蒋介石は日本に戦を仕掛けないと暗殺されかねません。
 というか、実際に拉致監禁されていますし。(西安事件)

 盧溝橋事件で日本軍と国民政府軍の双方に銃弾をぶち込んだのは劉少奇だという説が根強いですね。
 ちなみに、支那全土に戦が拡大する契機となった大山中尉虐殺事件の首謀者である張治中は、
コミンテルン&中共(つまりスターリン&毛沢東)のスパイだったと言われ始めています。
 何のことはない、正規軍に劣る毛沢東は、謀略とスパイを駆使して、日本と蒋介石を共倒れになるように持ち込んだわけです。

 忘れてはいけないのは、アメリカへの宣伝を徹底することですね。
 F・ローズベルトとかその側近は馬鹿か確信犯だったので、「毛沢東は危険な共産主義者ではなく人民の味方だ」などと訳もわからず信じ込み始めます。そして、日本の敗色が濃厚になった途端に、蒋介石に冷たくなります。

 1945年以降の毛沢東は、ソ連の援助で蒋介石を叩きのめす準備を進めます。
 頭がお花畑になっていたアメリカ人は、ノーリアクション。。。
 1949年には、遂に蒋介石一派を台湾に叩き落し、支那大陸全土を支配します。
 支那大陸だけではなく、ソ連が日本をだまし討ちして奪い取った満洲ももらいます。
 というか、国共内戦の際、毛沢東は延安からモンゴル人居住区を通って満洲に入り、まず満洲の支配権を確立してから大陸本土の侵攻しているのです。この時の毛沢東の台詞が「満洲を取ることがすべてだ!」です。

 第二次世界大戦のアジアにおける戦いの意義を正確に理解していた訳です。ちなみに、当時の中国人や満洲帰りの日本人は、日本人の天王山の意味で「満洲」と使います。

 こと、満洲を誰が支配するか、に限れば毛沢東はスターリンから満洲をもぎ取った格好です。
まあ、スターリンとしては当時の毛沢東は忠実な飼い犬くらいのつもりだったのでしょうが。

 1950年、朝鮮戦争が起きました。
 この戦争の意味、特に中華人民共和国にとっての、は何でしょうか。
 満洲を守ることです。
 鴨緑江の手前まで敵(アメリカ)に来られたら、満洲を守れなくなります。だから、38度線近辺で押し合いへしあいして終わることは、毛沢東にとって既に戦略的に勝利しているのです。
ついでに多大な犠牲者ですが、それまでの政敵を間引きしているにすぎないので気にしてません。(笑)にして良いのか???

 スターリン死後は思いっきり、ソ連と袂を分かちましたが、それを抜きにしても、
 日本と蒋介石を共倒れに追い込み、スターリンの力をこれでもかと利用して、支那全土と満洲を獲得した。

 まさに第二次大戦の真の勝者が、アメリカに代わる覇権を奪おうとしている、と言えないでしょうか。
 だから、日本人が正しい歴史認識を持つことを嫌がるのでしょうし。

ひとまず完。

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