今すぐ坂本龍馬になる方法

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ペリー、日本開国の恩人。←???

これほど、日本人の間違った歴史認識に基づく言われなき対米コンプレックスを凝縮した一文を私は知らない。
日本人はこれだけ情報に溢れていながら、坂本龍馬より馬鹿なのか?
それとも何かの陰謀か?
少し視野を広げただけで、意味不明なアメリカへの劣等感など何のことかと思えるはずである。世界が変わるはずである。
まさに坂本龍馬の如く。

細かい歴史的事実はともかく、有名な坂本龍馬と勝海舟のやり取りを再現しよう。

勝「お前は俺を殺しにきたのか。まあ話を聞け。」
 と地球儀を片手に、
勝「ここがエゲレスでこれがオソロシアだ。」
坂本「(驚いて)では本町筋はどこですか」
勝「何のことだ?」
坂本「わしが生まれた土佐の町です」
勝「そんなものは知らんが、日本がここで、土佐はここだ」と地球儀を指す。
坂本「わしの知ってた世界は狭かったです。弟子にしてください。」と。

 どうでも良い事実特定に血道をあげる方々は無視して話を進めよう。
 彼らはたぶん、永遠に今からの話を理解できないし、しようともしないであろうから。
 大事なのは勝が、「英国があって、ロシアがある、そして日本がここにある」と地球儀片手に説き聞かせている点である。
 既にこの時点はそうであるし、日露戦争勝利後、早くて一九〇七年、遅く解釈すれば一九一九年まで日本はその地政学的客観的状況から抜け出せないのである。それが当時の世界史の流れであり、その枠内で日本は奮闘しなければならなかったのである。

 ついでに勝の台詞を地政学の用語で補足しよう。
「海洋覇権国家の大英帝国があり、陸の挑戦者のロシア帝国がいる。日本は両者の悪意にさらされている。」
 大事なのは、坂本の質問能力の高さである。
「なぜあんな小さな島国のエゲレスの方が強いのですか。」と。
 勝が、圧倒的な海軍力の高さや世界中の植民地の話をすると、
 坂本は「そうか、これからは海の時代だ」と、自分の使命は海援隊や亀山社中にある、と悟っていくのである。
 御国のために何かをしたいという人は、正しい知識を少し得ただけで、行動力を発揮するという話である。

 さて、本題。
 米国のペリーとロシアのプチャーチンが日本に開国を迫ってきたとされる一八五三年とは何の年か?クリミア戦争の真っ最中である。

 以下、誰もが否定できるはずがない事実だけ並べよう。
 一八五三年〜五六年まで、ロシアは欧州で孤立し、英仏などを相手にクリミア戦争で苦戦していた。
 プチャーチンはその最中、英仏の艦隊に追いかけられながら、日本に開国要求をしてきた。
 だから非常に礼儀正しく、正式の窓口である長崎に回ったりしている。
 つまりロシアは大国ながらも、覇権国であり圧倒的な海軍力を誇る英国やもう一つの大国であるフランスまでも敵に回し、苦境に陥っていた。
 米国はこのとき、まったくの小国であり、蒸気船こそ有していたが、海洋国家にすらなりきれていない段階であった。
 そもそもコモドア・マシュー・ペリーのコモドアとは准将を表す肩書であり、米国にはまともな常備海軍すら存在しない。そのコモドアの階級すら、ペリーを艦隊司令長官に任命するための臨時の昇進であり、大佐(艦長)はいても、とてもまともな海戦や陸戦隊揚陸ができるような軍備など存在しなかった。
 しかもペリーが最初に江戸湾に差し掛かったときは、日本が砲術演習中であり、一方的に武力で威嚇するような「砲艦外交」など成立する余地などなかった。

 さて、読者諸兄が江戸幕府の当事者、例えば阿部正弘ならばロシアと米国、どちらと先に話をしますか。

ロシア=世界第二の大国であり、脅威の隣国。だが、当面は苦境にあるらしい。今は礼儀正し い。本気になれば、英国以外の海軍にはそうそう負けない。日本を占領できる能力があるとすれば、最も可能性が高い。

米国=態度は大きいが、欧州の五大国のどれにも勝てるはずがない小国。ほとんど地球の裏側に近い遠方すぎて軍事的脅威になりえない。一応最新兵器の黒船を有しているがそれだけ。日本よりは国力はありそうだが、本気になって出血を覚悟すれば占領は防げる。

 この状況で、ロシアと最初に話を纏めれば、大英帝国が敵に回る。
 英露が喧嘩している内に、日本よりは強いかもしれないがまだ大国ではない米国と手を結ぶのが賢明であろう。
 実際に、後の米国総領事ハリスが大国面して居丈高になったとき、堀田正睦は「では英国と話しましょうか」と相手にしてない。堀田はしょせん米国が欧州列強の誰にも勝てない小国であると知っているので、全然引いていないのである。
 日本史の教科書だと、大国アメリカの居丈高な要求の前に脅されて不平等条約を結ばされたような書き方をしているが、英露両大国のどちらかに肩入れするともう一方を明確に敵に回すので、どうせ受け容れざるを得ない条約ならば、最初に米国を使おう、というのが阿部正弘から井伊直弼が暗殺されるまでの一貫した江戸幕府の方針である。幕末の日本人は、戦後日本の教科書が描くほどヤワではないのである。

 なぜそうなるかを確認。
 オスマン帝国・ペルシャ帝国・ムガール帝国・そして大清帝国で繰り広げられた英露覇権抗争の最終舞台が日本だった。自分が大国として自立するまでは、その均衡の中で、侵略をする口実を与えないようにしつつ、自らの力を蓄えるしかないのが当時の日本人の共通認識であった。むしろアメリカが、欧州列強よりも小国だったからこそ、江戸幕府にとって利用価値があったのである。
 最近、幕末に関して意味不明な陰謀論が流行しているが、日本が周辺諸国の悪意に取り囲まれていたのは当然であって、その中で当時の日本人がある種の「陰謀」とも言える、知恵をいかにはりめぐらせたかを学んでも良いのでは?

 昭和時代の研究者は、感動的な程に次から次へと珍説奇説を繰り出してくれる。しかし、スターリンやヒトラーの名前を知らないで院生をやっている人間は一人もいない。
 明治時代の研究者だって、ビスマルクやディズレーリの名前くらいは知っている。彼らがどれほど日本に影響を与えたかは大半の研究者は理解していないが。
 幕末研究者でクリミア戦争に至る三十年間の欧州外交界を牽引し、英露それぞれの国で外相や首相を務めた人物を即答できる人が何人いるであろうか。

 パーマストンとネッセルローデ抜きに幕末維新を語ってきた。
 これが日本人の間違った近代史認識の根源であり、言われなき劣等感の正体である。

 どうせなら、ペリー像が陰に隠れるほど巨大なパーマストン像を作って

「日本開国の真の恩人」とか嫌味たらしく書いてみたらどうか。反米ナショナリズムを唱える人でそういうことをやろうとした人を寡聞にして知らないのだが。

 

現代。

米国という国があって、中国という国がある。

そして日本国がここにある。

これを聞いて自分にできることは何かを考えたあなた!

あなたはたった今から坂本龍馬です!