寺内対原(4)ー総理大臣見習いポストー

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 根本的な問題。「寺内対原」と言いながら、寺内はほとんど出てこない。なぜか。政界中枢にいないからである。彼は明治四十三年(一九一〇年)から大正五年(一九一六年)まで朝鮮総督を務めている。原と戦う、というか猛攻に耐えているのは山県有朋なのである。時々陸軍大臣を引き揚げて内閣を総辞職させるなどの反撃はするが。

 寺内は朝鮮にいるので政局で傷がつくことはない。その間何をしているかと言うと、総理大臣になる修行をしているのである。

 そもそも総督とは植民地における国家元首の権限を代行する存在である。他の国では「副王」と呼ばれることもある。総督は植民地行政のすべてを総覧する。総理大臣の修行にはもってこいの役職であろう。

 寺内の後にも、斉藤実(約十年在任)や宇垣一成(約五年在任)は総理大臣修行の意味で長期在任していた。

 宇垣は二大政党の一翼の民政党総裁に推されたこともあったが、その民政党内閣で朝鮮総督に出されている。何かの歴史小説で「策動をする宇垣を封じるために若槻首相が朝鮮に追いやった」との記述があったが、誤りである。宇垣は政変のたびに、静岡にいようがソウルにいようが「本をとりに来た」などと上京するので結局は怪しまれて総理になれないということが続いたので封じ込めにならないのだが。それはさておき、若槻は重臣会議で何度も宇垣を総理に推している。宇垣を将来の総理大臣として修行させるつもりだったのである。結局、大命が下ったのに組閣ができなかったが。

 小磯国昭は、総理大臣の修行の意味があったかどうかは疑わしいが、東条英機の後任になった。「三人の候補の中で東京の一番近くにいた」というすごい理由で。その小磯の後任が阿部信行元首相である。いずれにしても陸軍の序列では大物である。

 朝鮮総督は形式上は内閣から独立しており(別に会計検査院だって形式的には独立しているのでそれを強調しても仕方がないが)、地位は高い。長谷川好道、山梨半造、南次郎といった当時の最高級の軍人が総督の地位についている。最高級というのは、大将の中でも実力者が選ばれているということである。

 

 ところで、「大日本帝国は朝鮮を重視する一方で台湾の地位を低くみていた」との評価は誤りである。朝鮮が高すぎるだけで、台湾を軽視していた訳ではない。歴代台湾総督に桂太郎、乃木希典、児玉源太郎、明石元二郎と日露戦争の英雄が並ぶ。軍人の世界では、日本以上に外国での知名度の方が高いような人物が並ぶのである。これで小物ばかりと言われたら反論のしようがないのだが。

 ついでに、田健治郎、伊沢多喜男といっても現代ではなじみが薄いが、当時の官界の大物もいる。今で言うと漆間巌(元警察庁長官、元官房事務副長官)のような存在であろうか。末期総督の小林躋造海軍大将など、吉田茂が東条英機首相打倒後の首班に担ごうとした大物である。

 寺内もそうだが、現代の知名度だけで判断しても良くないのでご注意を。ただ、「大物」とは言っているが官庁の序列と言う客観的な基準と言うだけで、実績とか実力とかどうしても主観が入らざるを得ない基準で言っている訳ではないのにもご注意を。

 台湾にも最高級の文武官を送り込んでいるのであり、大日本帝国が植民地の民政を大事にしていたのは間違いなかろう。別にそれで「だから朝鮮人や台湾人は感謝しろ」とか「いや植民地にしたこと自体が気に入らない」などと論争するのは勝手だが、評価の前に事実共有はできるであろう。いかなる反日家でも「朝鮮総督から総理大臣になった人がいる」という事実は否定できないだろうから。評価としてどこまで認めるかはともかく、「朝鮮総督は総理大臣修行の意味合いがあった場合もある」「大日本帝国は朝鮮と台湾に大物文武官を送り込んだ」くらいまでは問題なく言って良いのではないか。

 

 翻って、GHQはどうであろうか。御本尊のマッカーサーからして大統領になれなかった。かつての副官のアイゼンハワーに最終的に出世で追い抜かれている。GHQには大きく二つの派閥があって、ウィロビー一派は単細胞ながらもまだマシだが、民政局のホイットニーやケージスらに至っては本国ではまったく相手にされないような札付きのおちこぼれの皆さんである。日本の朝鮮・台湾統治に当事者だった国の国民が「占領されたこと自体が気に入らない」というのは当然だが、少なくとも日本を占領した米国との比較は踏まえて欲しいものである。

 満洲国と南洋委任統治領には触れなかったが、大日本帝国がどこにどれだけ重視するかの基準は安全保障上の都合である。南洋委任統治領に有能な技術官僚は送り込んでも、大物政治家を送っていない時点でアメリカと戦争する気がなかったのは明らかであろう。

 最後に本題の結論。大正期以降、総理大臣の見習いは野党党首である。原敬はそのつもりでいた。谷垣氏、その覚悟はしていてもらわなければ困る。