前科何犯めだかよくわからない元代議士で元ヤクザのハマコーこと浜田幸一先生が逮捕されました。
この人、遠くで見ていると楽しい人です。一度、大学時代にサークルで講演に来ていただいたことあるのですが、主催者都合を守らないし大変でした。。。
ちなみに講演では、聞かれもしないのに、
「社会党の大出俊、あいつは自民党から金をもらってる悪いやつなんだ!」とか言い出します。
気分が乗ると「何でそんなこと言えるか!?俺が直接渡していたからだ!金丸さんに言われて500万円ずつ4回に分けてな!」とかディテイールがやたらと細かくなることもあります。
元ヤクザという経歴に関しては
「ヤクザになってグレたのではない!ヤクザになって更生したんだ!稲川会の会長さんに真人間にしてもらったんだ」らしいです。
ちなみにハマコーさんの地元の木更津の食堂に入った時に、「吾往」というハマコーさんの色紙が飾ってありました。
なぜそんなものを飾ったあるかを聞くと「これを置いておくと変な人が寄り付かないから」だそうです。
はじめて見た本物の「魔除け」でした。ちなみに字体は「吾住」にしか見えませんでした。
ハマコーさん、衆議院議員としては小沢一郎様たちの同期です。
経歴が災いして佐藤派・田中派にいれてもらえず、川島派に田中角栄の「伏せ駒」として送り込まれました。つまり所属する派閥は川島派ですが、盆暮れの手当ては角さんからもらってました。その時、ハマコーさんだけは右手の次に左手を出して「おかわり」をしていました。曰く、伏せ駒の辛抱代だとか。
角さん、次回からハマコーさんの包みだけ金額を半額にしていたとか、いなかったとか。
ハマコーさんと言えば武勇伝。
自民党八百長政治全盛時代はとりあえず会議の盛り上げどころで暴れる役回りですね。
総務会で派閥の領袖の川島副総裁にコーラ瓶を投げつけたりとか。ただし、派手派手しく絶対に当てないように投げつけていたとか。今の政界はそういう台本がないですね。よくも悪くも。
最初の武勇伝は佐藤総理に喧嘩を売る。
佐藤総理が「これまで支持してくれてありがとう」と演説。
そこで間髪いれずに「支持したのは今日までだ!明日からは違うぞ!」と。
場が凍りついたのは言うまでも無く。
田中角栄内閣の推進した台湾切捨に最後まで反対。
「あの時、石原慎太郎は日和った!」と30年間、事あるごとに言い続けています。
事あるごとにというか事を作って?
三木総理に。「あんたはナメクジみたいで大嫌いだ!」と面前で罵倒。
ナメクジ総理、ハマコーさんの攻撃的な質問に一々丁寧に答えていたとか。というか、このおじさんを政務次官に登用したの三木なのに。。。
そういえばネプチューンの番組で「ハマコー、対歴代総理暴言集」とかやっていて、
「その通りじゃないか」と答えていた。
確かに三木武夫のしゃべり方、ナメクジっぽかったが。
実は忠誠を誓っていたのは大平総理。この人にだけは暴言を吐いていない。というか、おしかけ用心棒でした。
社会党の安宅常彦代議士のネチネチとした質問に、「黙れ××野郎!」と憲政史上最低の野次。
しかし、なぜか懲罰委員会にかけられず。
ハマコー先生曰く、
「俺を懲罰委員会にかけろ!社会党に流した金を全部国会中継でばらしてやる!」と。
むしろ安宅の方が次の選挙で落選。身体障害者の秘書にセクハラをしていたのが露見してのこと。ハマコーさん、そのことを野次で暴露していたのですね。
ここから生まれた格言。
触らぬハマコーにたたりなし。
有名な四十日抗争。バリケードを片付けて話題になっていましたね。というか、この映像を流さないと番組がつくれない?
この時期の出版記念パーティーで。
「三木・福田・田中の三人の元総理には同時に死んでほしい!」と挨拶。
そこで角栄が「たった今、浜田君に死んでほしいとご紹介されました田中です」と挨拶して度量をみせたと言われますが、映像だとかなりむっとしています。
で、その本の名前が
弾丸なき抗争!
さらにその第一章が
死ぬのはお前だ!
内容は福田赳夫元総理が三塚博代議士を使って中川一郎大臣を殺したかのような書きっぷりです。なお、亀井静香さんは雑魚キャラとして登場します。
ちなみに中川一郎秘書の鈴木ムネオ氏が今をときめく真正保守の盟主こと平沼赳夫さんに対し、靴べらだの札束だので顔面を殴らんばかりの威張りようだったのは内緒です。
そしてハマコーさん、長期休養。
「最終学歴ラスベガス大学経済学部、授業料3日で4億5千万円」
だそうです。
とんでもない額の賭け事がばれて、議員辞職に追い込まれました話です。
浪人中、声をかけてくれた人の名前は一生忘れていません。
一番やさしかったのが羽田孜元総理で、渡部恒三黄門様は芋を持ってきてくれたとか。人の良さでは政界一と評判だった安部晋太郎さんは車から降りて声をかけてくれたとか。
どの本でも頁数の都合とか考えずに全員の名前を載せています。
ちなみに同じく同期の小沢一郎殿は知らんぷり。
ただし、孫に五月人形を送ってくれた話は毎回してます。←注。江田五月人形ではありません。
復帰後、少女マンガのパタリロでもとりあげられたほど有名だった自民党本部放火事件で大活躍。本当に消火活動で一番すばやい動きをしたらしいですね。映像も残っています。
そこに住栄作現職法務大臣がノコノコやってきて、「マッチポンプだ」といらぬ一言。
そこにハマコー先生の平手打ち一閃!
事件名が「法務大臣平手打ち事件」に変わりました。。。
誰ですか?「現職法務大臣平手打ち事件」を今のうちにやりたいとか思ったのは?
流れ流れて金丸信副総理⇒副総裁の下足番に。右足がハマコー、左足がムネオの担当だったとか。
大の中曽根嫌いの金丸に代わり、散々悪口を言うのが仕事。
「中曽根内閣は憲法論議と領土問題をぶち壊した内閣だ!」とかこの辺りの評価はマトモかも。
実は、政策通の大蔵族だったのは知る人ぞ知る事実。
日本皇民党事件では、大恩ある金丸先生のためにどうでもいい竹下先生のために泥仕事。
「ヤクザがらみなら俺に任せろ」とか言いながら、「あれは系統が違うので・・・」と説得に失敗。
捨て台詞の「お前らのやっていることはほめ殺しじゃねえか」が、「ほめ殺し」の語源とか。
予算委員長として「ミワザワケンジ君は人殺しだ!」と暴言。
共産党が「何を言っとるんだ!」と大慌て。二重の意味で?
この頃、私の周囲では毎朝「昨日のハマコー」で話題もちきりでした。
「絶対、あれ狙って言ったよね。わざとだよね」などと。
どういう高校生活だか。
当選七回でも大臣になれず。当時は唯一です。
最後は竹下閣下の議員バッジをつかみながら「あんたは日本のためにこれをはずしてくれ!俺もはずすから」などと心中を迫り、あえなく玉砕。かすりもしませんでした。
引退後、「これはただの暴露本ではない」が売り文句の『日本をダメにした九人の政治家』が173万部の空前の大ヒット。ただし内容はほとんど私怨。なぜか三塚博(肩書は疑惑の博物館)ごとき小物がはいっているかとか。
そう言えば総務会で伝説の罵り合いというのがあって、あらゆる疑惑を暴露していくハマコーさんに対して三塚さんは「うるさい」とか「黙れ」しか言い返していませんでした。。。
ちなみに続編の『日本を救う八人の政治家とバカ一人』では、
「バカとは俺のことだぞ!中曽根のことじゃねえからな!」と聞かれもしないのに絶叫。
総評。
国際政治と国内の政争とヤクザの論理が同じだとわかっていた稀有な政治家。
上品な政治家でないことだけは確かですが。
でも白川方明や羽毛田信吾の方がよほど下品ではないのかなあ。