戦争をせずに大国に戻れた?

LINEで送る
Pocket

倉山塾では、普段どんな会話がなされているかを紹介。
以下、塾掲示板より私の発言をコピペ。

問題、というより、なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか?

昭和40年代、中国は文化大革命の真っ最中で、国力を疲弊していた。
しかも共産陣営は中ソ論争で仲たがい。
アメリカもベトナム戦争の泥沼でもがき苦しむ。

ということは、佐藤内閣が本気で国防努力をしていれば、
戦争をせずに日本は大国の地位を取り戻せたのではないか???

8年もの長期政権を築いた佐藤栄作がこれをやろうとしたとき、
障害はありや?

自民党・・・あらかた政敵は死亡。超一強状態。
野党・・・数に数える必要なし。
大蔵省・・・そこまで強くないし、国防拒否症でもない。←村上孝太郎を見て思う。
マスコミ・・・サヨクだが、池田内閣の防衛政策はまったくと言っていいほど邪魔していない。どうにでもなる。

となると、内閣法制局は倉山塾ではおなじみの高辻正巳なのだが、彼とて総理大臣が本気になった時に、その政策を止められるほどの拒否権(Power of influence)はない。

結局、
「佐藤内閣で本気の国防努力をしていたら、日本は戦争をせずに大国に戻れた」
という命題が正しければ、
佐藤栄作その人が日本の大国化を阻止した、という結論になるのだが。

「戦争をせずに大国に戻れた?」への8件のフィードバック

  1. 「大国」をどう定義するのかにもよると思いますが、
    仮に「近隣国の韓国・北朝鮮・台湾に対して影響力を行使できること」を
    大国の条件とした場合、大国と呼べる程のポジションには
    遠く及ばないのではないかと思います。

    1. 佐藤栄作がどう舵を切ったところで、その後に福田赳夫や
      鈴木善幸、宮澤喜一らが控えていることを考えると
      やっぱり「経済大国」が精一杯だろうなぁ・・・

  2. あらこんなところに素敵な動画が。
    第3部第1話 日韓基本条約~佐藤栄作は
    本当に「タカ派」だったのか【CGS 倉山満】
    ttps://youtu.be/L-cee6pCVpQ

    命題と結論、固有名詞が変わったらどうなるのかな…

    (ボソ)おいらは三つ目はポール招聘にしてみた。
    ハードル上げ過ぎ?
    でも、本気でやりたいんだったらこのくらいは
    (あいつをギロチンに送った上で)ねじこんで欲しいかな。

    あの日以来、雌伏の日々…
    一度屈したからといって、一生そのままでいなきゃいけない
    訳じゃないはずなのにね。

  3. 佐藤政権時がどうなのかは当方には難しい設問ですが、
    〈中曽根政権終了後~911事件〉に「大国化」(自己完結型戦力の整備等)
    の努力を始めていたら、アメリカに目を付けられ、痛めつけられていたのかも
    知れないと思います。ならばもっと国力が低い時代に始めるべきで
    (その時に始めるのと、前から流れになってるとでは心証が全く違うので)
    〈 〉以前に始めなかったので、〈 〉以後の現在、
    やっと着手してる(?)のかなとは思います。

  4. 今回の「論考」を見せられた「倉山塾生」だと、
    『日本の大国化』というキーワードを見ると、

    「国際社会の合意を形成するに当たり、日本は、
    各国の同意を得なければならないぐらいの地位にあっただろうか?」
    それとも、
    「この『大国』ってのは、その地域での合意を形成するに当たり、
    日本の同意を得なければならない『地域大国』って事なのだろうか?」
    って2分割の『大国』の「定義付け」ができます。

    となると、佐藤政権時(昭和39年~昭和47年)と、
    前政権である池田政権(昭和35年~昭和39年)
    将又 後の政権との「国防への努力・達成度・実績」を
    比較すると「相対的評価」となってしまう。

    これでは「池田がエライ、佐藤がアホ」とか、
    その逆も然りの「優劣論」に終始する事になってしまう。
    →論者の意図から大きく逸脱する。

    世界情勢は”一寸先は闇”なので、それぞれの宰相は
    より「国益」を鑑みた最善策をその時々に応じて実行しようとするのであるから、

    今回の倉山先生の「命題」を思考するには、
    ・昭和40年代、中国は文化大革命の真っ最中で、
     国力を疲弊していた。
    ・共産陣営は中ソ論争で仲たがい。
    ・アメリカもベトナム戦争の泥沼でもがき苦しむ。
    ・8年もの長期政権を築いた佐藤栄作。
    という「状況因子」」4点を中心において、

    「佐藤内閣で本気の国防努力をしていたら、
    日本は戦争をせずに大国に戻れたか?」
    という「命題」への「結論」、
    「佐藤栄作その人が日本の大国化を阻止した」
    の是か非か?を論ずる事となります。
    つまり・・・
    「佐藤栄作は本気で国防努力を行ったのか?」という
    「絶対的評価」をしなければならないとピンときます。

    これが「主張者の意図を理解する」って事。
    論理的思考の初歩的段階でごわす。

    「議論」とは「相手の論を打ち負かしたり、
    相手を屈服させる、将又、己の知識自慢をするもの」
    ではありもはん。
    まして、己の存在感をアピールする為のモノでも・・・

    自分も 相手も『議論』をすることで、
    お互いの「論考」の欠陥点を見つけ出す為に行うモノ。

    「議論」終了後に「あ~今回も又 知識が増えた♡」
    「だからか・・・結論は同じでも、ここに至る過程があやふやだと、相手は疑問符だらけになる。だったら次からは、きちんとした「論拠」を提示して、全力で相手にキチンと正確に伝える努力をしよう♡」

    ほら 楽しいでごわそう(笑
    こうやって塾生は日々「知恵」を膨らましてるんでごわすよ。
    「倉山塾」って♡

    ワードに脊髄反射してアウトプットするだけが如何にバカらしい事か(笑

    1. 確かに。
      国内の案件が解決できなくて、どうして他国のガチの切った張ったに勝てるものかと思いますしね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA