検証 倉山満はなぜ闘ったのか 第14回

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 とある場所で、
「5年も前から、日銀のこと、増税のこと、自殺者のこと、
 言い続けていたのですか」
と言われた。
 そうですよ。

2012年9月。
 総裁選の月です。
 特例公債法の重要性ばかり訴えている。

 9月23日の記事は、複雑な心境を吐露している。

 さらにこちら。

『緊急解説:自民党総裁選』倉山満 AJER2012.9.26(3)
https://www.youtube.com/watch?v=TZlivIdork8

 今のアシスタントさん、これみて倉山塾に入ったとか。
「なんでみんなが安倍総裁実現ではしゃいでいる時に、この人は?」
と思ったそう。

 争点は日銀人事と増税、
 政局は参議院が重要だからです。

10月。
悲鳴のように

 白川を討て!

 自民党総裁になった以上、安倍さんの突破口はそこしかなかったので。

 公明党批判と財務省の異変にも触れていますね。

11月。
 このころの私の心境は、CHくららの定額スポンサーになっていただいた方にのみ、
今月の特典として、

嘘だらけの日露近現代史

あとがき(封印版)

で書いたのでここでは書かない。
 一言でいうと、すさんでた。

 14日に解散。「野田にはめられた」と思っていたが、
直後に安倍さんが金融緩和の重要性を思い出してくれたので、
もうそこしか突破口はないとばかりに、

白川を討て!

 20日の安倍さんの敵は、民主党の多数と自民党の多数と公明党と財界とマスコミって、あきれるほどずっと一緒。
 結局、金融緩和がすべての生命線なのは変わりない。

 23日の記事だが、
 当時の真砂財務次官への批評。
 私はいかなる財務省御用学者よりも真砂さんの功績をたたえているということは特記しておく。むしろ財務省を応援していたほどなのにねえ。

 そして翌日。