検証 倉山満はなぜ闘ったのか 第11回

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 2012年2月、3月
『財務省の近現代史』のキャンペーン。
 財務省よ、日銀を討て!の一色。

 3月22日の記事は、完全に財務省向け。
 本の内容を一言で要約すると

白川を討て!

 3月27日にも

日本の自殺者3万人!

日銀総裁・白川さん!

 この頃はカクリコン撃墜に向けて動き回っていた。
 忘れている人、知らない人のために言うと、
カクリコンとは河野竜太郎のことです。

「アメミヤ〜」と叫びながら撃墜されたので。笑

 4月、河野竜太郎の日銀委員就任を阻止したところから、
逆襲は始まった。
 とはいうものの、総大将が追撃しなかったのには困ったものだが。詰めが甘い。
 この頃から柴田恭平の口調で
「今攻め込めば勝てる!」が口癖になっていた。

 5月。
 相変わらず、日銀叩き。
 片手間に新無効論こと偽無効論を潰している。
 私、潰すと宣言した相手は潰すんだな。
 この頃だっけ、砦が「修羅の国」として定着したの。
 まだまだ「日本」とか「愛国」とか「保守」を言っていれば、どんな悪いことをしても許すという意味不明な風潮、あるけどね。