不要の段落

LINEで送る
Pocket

 新聞記事はネットで十分、と言う人も多いでしょうけど、やはり新聞紙を広げると、違った世界が見えてくる。
本日の『産経』、2面の社説なんかは良かったのですが、、、
1面に気になる文章が飛び込んできて、悩む。

 菅総理の原発政策の危険性を訴えたかったらしいエッセー。

山河有情 元検事総長・但木敬一 総理の単眼の危険
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110727/plc11072703140007-n1.htm

 冒頭がこれでもかと気になった部分。

 明治憲法には内閣も総理大臣もなかった。「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス」(55条1項)という規定があるのみであった。「内閣ハ国務各大臣ヲ以テ組織ス」「内閣総理大臣ハ各大臣ノ首班トシテ機務ヲ奏宣(そうせん)シ旨ヲ承テ行政各部ノ統一ヲ保持ス」という制度は法律ではなく、天皇の大権に基づく「内閣官制」勅令によって定められていた。いうまでもなく天皇が行政権を行使する主体であり、内閣はこれを補佐する組織にすぎなかったからである。閣議は全員一致を求められていたうえ、総理大臣には大臣を罷免する権限もなかったため、閣内不一致は命取りとなり、実際軍部との対立によって退陣に追い込まれた内閣も少なくなかった。

 片っ端から間違いを指摘しますね。

明治憲法
 正式略称は帝国憲法です。宮沢俊義が呪いを込めた造語なので、最近は学界でも敬遠されます。

明治憲法には内閣も総理大臣もなかった
 憲法典に規定がなかっただけです。憲法典だけが憲法ではなく、内閣官制のような憲法附属法も含めて憲法です。この憲法附属法という概念、現行憲法制定直後は宮沢教授も重視していたほどです。今や死語ですが。

「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス」(55条1項)という規定があるのみ
 気になるのが「〜規定があるのみ」という表現。簡文主義という言葉ご存知でしょうか。法律、特に憲法典には余計なことはできるだけ書かないということです。
内閣は憲法典制定以前の存在なので、わざわざ規定する必要がありません。
逆に帝国議会は憲法ではじめて認められたので、繁文主義で詳細な規定が書かれています。

天皇の大権に基づく「内閣官制」勅令によって定められていた。
 二重の間違いです。
勅令とは今の政令にあたります。「大権に基づく〜」は、「象徴天皇の最終的裁可に基づく政令」というくらい無意味な表現です。
また、議会制定以前に法律と命令の区別はありません。(美濃部達吉先生が強調されていた事)

いうまでもなく天皇が行政権を行使する主体
 帝国憲法第三条、四条、五十五条及び『憲法義解』の該当部分を読み直していただきたい。
いまどき左翼でも真面目に勉強している人はこんな解釈はしません。

内閣はこれを補佐する組織にすぎなかった
「輔弼=adivice」です。帝国憲法の輔弼は、今の「助言(と承認)」とまったく同じ意味です。では今の内閣も天皇の補佐機関にすぎないですね。

閣議は全員一致を求められていた
 今とどう違うのでしょう。

総理大臣には大臣を罷免する権限もなかった
 これは法制史のよほどの専門家でもなければ知らないので酷ですが。
でも法律の専門家なら、山崎丹照がどんな議論をしていたか知っていて欲しいですが。
内閣官制の「内閣総理大臣ハ各大臣ノ首班トシテ機務ヲ奏宣」云々はもちろん、大臣任命権からはじまります。でないと「行政各部ノ統一ヲ保持」などできないからです。
で、本質的に憲法第十条の天皇の文武官の任免権は総理大臣の責任で行使されます。つまり、本来は総理には大臣罷免権があるのです。
ただし、大臣罷免が行使された唯一の例が内閣制度開闢以前の明治十四年の政変における
大隈重信への諭旨免官だけなので話がややこしいのですが。
正確には、明治十八年の内閣制度設立から、昭和二十年までの帝国憲法下では、総理は罷免権を行使できないという慣例(より正確には憲法習律と言います)が強固に存在したということです。
ではなぜ総理が閣僚罷免権を行使できないようになったかというと、「そんなクビにしなきゃいけないような大臣を陛下に推薦した責任はどうなるのだ」という意識が強くて、そういう運用になったのです。
で、法制局など法律専門家の間では「この運用は問題があるのでは」と認識されつつも、ついに改善されないまま敗戦を迎えてしまったということです。

 よくある、「帝国憲法は大臣罷免権が無かったから欠陥憲法だ」は嘘で、「(憲法附属法である)内閣官制の運用に問題があった」が正解です。

閣内不一致は命取り
 これが帝国憲法下での内閣総辞職の最も多い原因ではあります。
これは世界で私の他に誰が知っているの?的な話になるのですが、かの右翼の頭目・平沼騏一郎なんかは、憎き若槻礼次郎民政党内閣が安達内相一人の造反で総辞職になったとき、「こんなんで内閣総辞職しなきゃいけないのはおかしい」と言っていたのです。
ウソだと思ったら『倉富勇三郎日記』をお読みください。は、さすがに無理なので言いませんが。

軍部との対立によって退陣に追い込まれ〜
 これは表現が粗雑すぎます。「軍部」って誰?「陸海軍の総称」の意味なら、この文脈では明らかに不適当です。
ちなみに昭和十年代の陸軍はよく内閣を潰しますけど、潰されるのはもっと早いです。

 別にこの段落、無くても意味が通じるというか、無い方が良いというか。
まあ司法試験って、法制史いらないですからねえ。ってそういう問題?

 疲れてるので気軽な話題をと思ったのですが、かえって普通の人には難しい話題になったような。。。

 ということで、気軽にわかりやすく読めるのが、

誰が殺した?日本国憲法!

              (講談社、税込1680円、好評発売中)