戒厳令と非常事態宣言の話

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 専門家もよくわかっていないようなので解説します。
その割に「戒厳令」とか「非常事態宣言」とかの言葉が飛び交っていますが。
私から見れば、何か両極端な二つの議論がとびかっているように思えます。
ではどちらを菅内閣は出すべき?(だった、の議論は捨象)

 結論。
「戒厳令」は天地がひっくり返ってもありえません。
「重力があるところで高い塔からりんごを落とせば地面ではなく空に向かう」くらいありえません。SFでも許されないくらい、原理的に不可能です。
今の日本の法体系では、するだけ時間が無駄!という議論。

「非常事態宣言」は、誰でもできるけど、してどうするの?という代物。
むしろ、法解釈によっては既にしているとも言える。

 だからここ数日、かなり法技術的に練りに練った形での
「“実質的”夜間外出禁止令」を提言しているのですが。

 どういうことか良く知りたい方の為に以下、解説。
(どうでも良いけど、ウィキの「戒厳」の項目、どこから突っ込みを入れたらよいかわからないくらいわかりにくく、特殊な事例を一般化していて、そして結果的に誤りだらけ。せめて、ラテン系の国と非ラテン系の国の比較をやってもらわないと。。。)

 まず万国共通の「戒厳」の定義
軍刑法が刑法に優先する状態」

 刑法は、普通の人が想像する刑法です。六法のあの刑法です。
軍刑法とは、本来は軍人にのみ適用することを前提とした刑法です。
例えば、「戦闘の時に逃げたら死刑」とか。
普通の人は勝手に戦う方がいけないのですが、軍人は逃げたら味方が死んでしまいます。
だから、そんなことをされたら大変なことになるので、一般人より罪を重くしています。
このような一般の刑法より重い規範の特別な刑法を軍刑法と言います。
これを軍人以外の一般市民にも適用することが戒厳令です。
方法には色々あって、全面的に通常の刑法を停止するものから、部分的な優越まで様々ですが。

 では現状の日本でこの万国共通の意味での戒厳が原理的に不可能な理由は?
簡単。軍刑法が存在しないからです。
自衛官が戦場や今次災害のような状況で上官の命令に逆らって逃げても死刑にできる法律はありません。
軍刑法に基づいて裁く特別の裁判所(いわゆる軍法会議)も存在しません。
軍警察にあたる憲兵隊も実質的には存在しません、で言いすぎなら不十分な状態です。警務隊という組織がありますが、では警務隊が被災地以下、全国の交通を規制している、なんてニュースを聞きましたか?本来の憲兵隊の仕事は、軍隊内の犯罪や規律違反を取り締まると共に、交通整理も行ないます。

 法制度上も、実質的にも「戒厳令」など出せるはずがありません。
それどころか、日本国憲法76条2項の特別裁判所の禁止は、「憲兵隊」「軍法会議」「軍刑法」「戒厳令」(他に細かく「軍律法廷」とか)、もろもろを禁止する目的で制定されましたし、運用も必要以上にそうされました。
将来的に憲法の条文を変えるなり脱法的解釈をするなりは知りませんが、今次事変には絶対に間に合わないので、今「戒厳」に言及する人は日本の今の法体系を知らない素人さんです。

 ついでに、軍刑法その他もろもろの一つも存在しないことを以って、自衛隊は軍隊ではない、
という人がいますが、極めて正しい。何だかよくわからないゲテモノにされているのが現状です。「すっごい武器をもっている警察」みたいなものです。

 ただし、これだけは言っておきます。

 なぜ自衛官の人たちは危険な任務でも誰も嫌がらずに頑張っているの?
なぜ被災地の人たちのほとんどは「おかしなことをしたら死刑にするぞ」と脅されているわけでもないのに、おとなしいの?

 いずれも、「モラル(=道徳+士気)」が高いからです。
今の日本の秩序は、人間離れした国民(特に自衛官)の精神力により保たれている訳です。

 ちなみに、戦時中もそうでした。
沖縄戦などは、軍は住民に言うことを聞かせるために戒厳令を出しても何ら問題は無い状況でした。ところが、あまりにも沖縄の人たちが良く戦争に協力してくれたので、出さずじまいでした。(ここ、ウィキの記述の「ふざけるな!」の部分)
何か似ていませんか?

 ちなみに、戒厳令を長期的にやめないと、それは独裁国家です。
蒋介石侵略以降の台湾では38年間も戒厳令が敷かれていたのが典型例ですね。

 さて、戒厳令が法治国家における政府が国民に対して出す究極の命令だとしたら、
非常事態宣言は?
単なる「わぁ大変だぁ」という宣言です。
そんなの日本人、みんなわかっているのでは?だから今さらそれをしてどうするの?
ということです。むしろ、これの意味は「解除宣言」で「もう安心ですよ」というためのものでして。

 大変だから、「夜間外出禁止令」とか「総動員令」とか「戦時体制(への切り替え)」とか、
「国家緊急権発動」とか、まあ色々その国にあわせた法令が必要になる訳です。
どの事態にどれを適用するかの普段からの議論が需要なのは当然ですが。
だから「非常事態宣言」は、いまさらやったら馬鹿だと思われます。余計に人心が動揺します。

 憲法九条があって平和愛好精神が徹底しても、災害は防げません。
平時は必ず破られます。

 とりあえずは住民の精神力と自主的判断に任せて秩序を保っている現状を、制度的に追認し、機能的に運用するのが政治決断では?
もう現地自治体でも東京の政府でも、どちらでも良いから結果を出して欲しいという気分です。