信者言論と倉山塾の学びの違い

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信者言論

=教祖気取りの「先生」が言ったことを正解だと信じる。

信者になりがちな人は結論は決まっているので、その人にとって気持ちのいいことを言えばよいだけなので、「先生」にとって「信者」商売は楽。

私には無理だが。そもそも、そんなに商売がしたいなら、言論活動をしない方がいい。

「先生」も「信者」も、「これが正解だ!」しかも「100点満点の正解だ!」に飛びつく傾向がある。そんなもの、滅多にある訳なかろうに。しかし、自分の信じる言論が「100点満点の正解だ」と思いこむと、異論に対し「0点だ」と攻撃的になりがち。かくして、「100点か0点か」の絶対に間違っている二択、という悲惨な言論状況ができあがる。

これに対し、倉山塾の「学び」とは。

「まず、倉山満が言っていることが本当か。自分で勉強して確かめよ」

だから、「信者」などいるはずがない。

目の肥えた読書人口を増やすことが国護り。

ネットで誰かが言ってたことを100点満点の正解だと思って拡散しても、国は護れない。