ルビコン川と手取川

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火曜の日付を越えた頃から体調最悪。。。バカなことが思い浮かんだ。

 渡らなきゃいけない川。ルビコン川。

 渡ってはいけない川。手取川。

 

 注1 ルビコン川。

 紀元前49年。ジュリアス・シーザーが、ローマ内戦の際に渡った川。

 「後戻りできない決断」の代名詞。

 それはそうと、ベルルスコーニの兄貴、とうとう年貢の納め時?あれでもイタリア史上、稀に見るマトモな首相。オルランド以来?

 

 注2 手取川。

 1577年に大量殺戮が行われた川。上杉謙信が、信長オールスターズ(マイナス逃げ帰った秀吉&最初から怯えて引きこもっていた信長)を屠った。まさに「屠った」。信長がオールスターズが手取川を渡った瞬間、ロックオンされシュートされまくった。

 進撃速度だけなら普通の大名の2倍を誇る織田軍だったが、3倍速の上杉軍の前にはなすすべがなかった。恐るべし、軍神。

 信長軍は3千丁の鉄砲隊を率いていたが、謙信本人率いる槍隊300人に殺戮された。たかだか5万人しかいないのに、3万人の謙信軍に戦いを挑むなど、戦国時代の常識として無謀極まりない。国力が20倍になって油断したのだろうか。

 あまりにも冗談のような史実に、何の代名詞にもなっていない。教科書の「1575年、信長の鉄砲隊3千人は、武田勝頼の騎馬隊に勝利し、戦国時代の終焉を早めました」って記述、何なのだろう。