田向正健さんがお亡くなりになりましたね

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 田向正健さんがお亡くなりになりましたね。
 ということにかこつけるのも如何なものですが、たまには軽い話題を。

 私にとっては、『武田信玄』の脚本家という印象が強いです。
 その後、『信長 KING OF ZIPANGU』と『徳川慶喜』も執筆されています。
「視聴率はよかったけど大河三大駄作の一つ」とか言われる『信長』にしても、あれは役者が大根すぎて地獄絵図になっただけで、脚本は完璧でしたよ。その証拠ですが、普段の登場人物がまったく出てこない、21話「将軍暗殺」をご覧ください。

 『徳川慶喜』はまったくDVD化もされていないという酷い扱いなのですが、史実の部分は相当丁寧に描かれていたと研究者の評判は良かったです。

 私はNHKの『JAPANデビュー』という番組の批判で論壇デビューしましたので、「これで大河ドラマ評論家にはなれないな」と思っていたのですが(笑)、意外や意外、正論やチャンネル桜の同番組叩きは、NHKの内部では多数の支持を得ているようです。
 あの番組、普通じゃない、異常な番組作りでしたので。ただ、幹部と一部の取り巻きの声に圧殺されて何も言えないのはどこかの政権与党と同じですが。(hear、ヒヤ〜)

 大河ドラマを評価する場合、脚本・演技演出・主題曲・人気(視聴率)になるのでしょうが、
『武田信玄』はそのすべての面で歴代最高傑作に推す人も多いのですね。私も視聴率まで評価の要素に加えれば総合的な結論に異論はありません。最高視聴率49%とか、平均視聴率39%とか。。。

 大河の田向脚本の特徴は、様式美への拘りと脇役の見せ場の作り方ですね。大体、大河ドラマは「途中で登場人物が次々と死んで最終回は尻すぼみ」みたいなのが多いのですが、『武田信玄』は北条氏康が死ぬ回とか、完全に氏康(杉良太郎)が主役で。本放送で観てて衝撃的だった最終回は信玄が主役なのに手取川の戦いまで描いてしまうと言うどんでん返し!昔は「大河ドラマで歴史への興味を持つ」とかいう子供も多かったのですが、そういう役割を踏まえつつ、妖怪変化とかテレパシーまで登場!(個々の大名の独り言を繋ぐと会話になるとか、毘沙門天が祈祷中の上杉謙信に乗り移るとか・・・)

 なぜこんな話を始めたかと言うと実は理由があります。
「普通のことを普通にやろう」
ということです。

「昔の、刀を下げて、いざという時には、人を殺すかもしれないし自分も死ぬかもしれない、と考えて生きている武士が、現代の草食系男子と同じ訳がない」とか、
「日本に限らず自由恋愛にはかなり厳しい条件があってそんなものが成立する時代はどこの国でも稀な短い期間だ」とか。
 そんなの当たり前のことをちゃんと描かないで無理やり現代の価値観で歴史を見ようとするから、かえって何もわからなくなるのですけど。

 政治でも経済でも文化でも、あらゆる所で変なことが多すぎますね。話がどんどんずれましたが。

 ご冥福をお祈りいたします。