「江戸時代は鎖国」という教科書の間違い

LINEで送る
Pocket

プレジデントオンラインで公開されました。

「江戸時代は鎖国」という教科書の間違い

教科書に本当のことが書いてあるとは限らない理由を、医学界を例に解説しました。

最近、倉山塾メルマガでは口を酸っぱくして、「先行研究の整理をせよ」と言っています。

現在5刷

 

「「江戸時代は鎖国」という教科書の間違い」への2件のフィードバック

  1. プレジデントの記事、本題からは離れますが、
    アイヌ系子孫の私も、これは凄く気になります。

    >なお、清・オランダと貿易していた長崎の他に、対馬(朝鮮)、薩摩(琉球)、松前(アイヌ)を合わせ、「四つの口」と表記するのが通例だ。大清帝国や西洋の覇権国家であるオランダと、一地域にすぎない琉球、同じく一部族にすぎないアイヌを同等に扱うのには違和感がある。

    そもそも「アイヌ」と云う呼び名は、和人側が一塊にそう見做していただけで、自分達にはそんな意識がなかったんですよ。7部族あって、和人は大事な交易相手。部族間抗争の方が激しかったぐらい。現代では「アイヌ民族」とか云う意味不明な集団が発生していますけれど、本来は米大陸での「ネイティブ」なんかと同じくらいの意味合いです。

    かと云ってアイヌは、ヨーロピアンと米ネイティブの関係とは全く違います。中央から遠く離れていたために、独特の地域文化として発展しただけで。県民性みたいなモンですよ。鹿児島県と青森県だって、かなりの違いがあるでしょう。江戸時代は中央に幕府が置かれていたとは云え、各藩が「国」としての機能を持っていたワケだし。沖縄と北海道だけ「海外でした」みたいなことを言われても。

  2. 最新投稿とは全く関係ない話ですが、砦のタイトル画像の肩書は、皇室史学者には変更しないんでしょうか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA