中村明『戦後政治にゆれた憲法九条 内閣法制局の自信と強さ』（中央経済社、一九九六年）によると、村山内閣組閣直後に、総理と大出法制局長官が二人きりで一時間ほど会談したらしい。その直後に村山は盟友の野坂建設大臣に「駄目だ。あいつらを敵に回したら政権は持たない」と漏らし、自衛隊・日米安保以下全部容認したという一幕があったらしい。
社会党五十年の歴史を一時間で放棄させる内閣法制局。何者なのか。語りだすとそれだけで一冊の本になるのだが、最も大事なのは戦後の第三代長官・高辻正巳である。この人、佐藤内閣を通じて長官を務めた。つまり、法制局を護憲の府にした人である。最高裁判事を経て竹下内閣法務大臣に就任した。
竹下登『証言保守政権』（読売新聞社、一九九一年）によると、予算がついた法律に対しても「憲法違反」との判断を下して、その政策そのものを無効にしてしまうのが内閣法制局である。昨日は全省庁の上に財務省（主計局）があると書いたが、そのさらに上に法制局がいる構造が出来上がっているのである。「官僚機構」などという表現にも注意が必要であろう。
たとえば小沢氏の法制局嫌いは有名だが、「議員立法の実質禁止」などと彼の言うとおりの政策を採れば、すべての法案は法制局の審査の下に置かれるのである。国会はその翼賛機関と化してしまう。小沢さん、わかって裏で法制局とつるんでいるとしたら相当のワルだが、わかっていないとしたら相当のバカである。私は裏情報などは知らないので判断しない。
竹下と法制局の関係などこれからの研究課題なのだが、佐藤・竹下と法制局の蜜月だけは容易に想像できよう。ちなみに竹下は何かやりたいことなどないが、法制局は自分達の過去にやってきた歴史は守りたいのである。彼らの権力の源泉は「あいつらは法律に詳しい」なので、過去の言説との矛盾を疲れるのだけは嫌がるのである。それに対して竹下には守るべき理念など何もないのである。
日本憲政史の法則。「指導力に注目してはならない！拒否権の強さに注目せよ！」
竹下と法制局が本気で対立するなど思い出せないが、この点でも何かしたいことがない竹下は日本国憲法下では無敵なのである。
村山政権ではただひたすらすべてが行政的に処理されていく。社会党の歴史的転換は政治決断でもなんでもなく、お役所的ルーティンワークなのである。
退陣に際して「憲政の常道に従い、自民党に政権を譲る」とはよくもぬけぬけと言ってくれたものだ。この一言で私は村山富市を絶対に許せない。単なる政権たらいまわしではないか。
ついでに橋本内閣でもルーティンワークは続く。竹下元老の下で、役人の心太人事の感覚で、最も忠誠心が高かった橋本、しかも政治家にまるで人望がないので反逆能力ゼロだった橋本が宰相に就任し、何の国家戦略もなく、ただ目の前の情勢にだけ対処していく。
こういう風に政治家が本来果たすべき「国家の方向性を示す」をやらないと困るのは誰か。真面目に仕事をしている役人である。自分達が必死になってやったことが、全部無駄になりかねないので。
この時期に良かったことをあえてあげると、橋本龍太郎と小泉純一郎が争った自民党総裁選挙は良かったかなあ。まじめな政策論争だったし。
政争においては、表の親衛隊長の梶山静六と、かつては裏にいたが表の世界でも台頭する竹下側近の野中広務の角逐が激しくなる。これが自民党政治を本質的に変えていくのである。
次回、「再考！平成十年自民党総裁選！」
私が大学でお世話になっている講師の方が以前戦後政治史についてお話しをさせていただいたときに「日本の政治家は憲政の常道の解釈が定まっていない」と仰っていました。
私も「憲政の常道」をまともに理解できる政治家が今国会にいるとは思えません。
以前、社民党の福島が阿部内閣や福田内閣の事を「民意をといていない！」言っていましたが「お前が言うな」という感想と同時に「間違ってもいない」という感想もありました。
さて、今回の本題である「法制局」についてですが、実質的に立法を握っているような状態ですね。
そうなると前回とりあげられた「主計局」よりも権力を持っているのではないかと思います。
法制定に関する権力を握るということは予算関連法案に関するところで主計局よりも法制局のほうが立場が上のように思えました。
倉山さん
こんばんは。藤沢秀行です。
毎回その頃を思い出しながら楽しく拝見しております。
本編の内閣法制局の話、私は詳しくありませんので、露骨な素人考えを記載します。
法律の整合性とその解釈権を握る人達、しかも憲法の枠外で。といった感じでしょうか。
国民にとって必要な改革でも、既得権を守るために、ここで拒否されてしまうような事があったら問題ですよね。このサイトのご挨拶にある「特定の人達にだけ都合の良い仕組み」の中枢と言った所でしょうか。
倉山さんも折にふれて言及されていますが、それでも質問を禁じ得ません。
「何のために裁判所があるのですか？」と。
昨日の青年将校の話ではありませんが、裁判も駄目、総選挙でも駄目となったら、それ以上の合法的手段が無くなってしまうのではないでしょうか。
やはり国民全体でもっともっと賢くならなくては、打破する所までは行かないのでしょうかね。
・・・。話を変えて、梶山静六の話も、したかったのですが、まとまりが悪いのと全体的に長くなりそうですので、レスを分けます。宜しくお願いします。
倉山さん
藤沢です。続きで梶山静六の話をさせて下さい。
いかにもという感じの雰囲気と迫力のある人でしたよね。最期は少し残念でしたけど。
この人、一度落選しているのですよね。三木内閣の任期満了選挙の時に。ロッキード事件で逮捕され、出所してきた田中角栄を迎えに行き、それが祟ったなんて書かれていますよね。
（そのせいかどうか金丸の見舞いに行く子分は一人もいませんでしたよね）
反小沢では、小渕、野中と連携した梶山も、橋本内閣下では徐々に関係が冷え込んでいきますよね。
今となってはどうでもいいような「自社さVS保保連合」なんて図式もありましたよね。
この時どうして、わざわざ竹下の意向に反してまで、対立関係にあるはずの小沢との連携を考えたのでしょうかね。
彼自身の思想的なものなのか、人並みの野心を元に何か勝負所と感じたのか･･･。
いずれにしても、今（の自民党）と比べても、勝ち負け以前に、活気が違いますよね。やはり組織を盛り立てて行くのは一人一人の「人」だなと、改めて感じますよね。
（中川秀直あたりは、爪の垢でも煎じて飲めと言った感じですかねwwwww）
まあ、それはともかく、予告された次回の話、どのように持っていくのか楽しみにしております。またよろしくお願いします。