三木武吉への歴史歪曲

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 総選挙の結果による与野党交代は、第二次護憲運動による加藤高明内閣、占領期の片山哲内閣、記憶に新しい(古い?)細川内閣についで四回目。文句なしの民主的な政権交代は、現行憲法下では、実質的に初めて。「これだから民主主義はダメなんだよ」などと言われないような政権運営を民主党には望む。望んでいるのは本音。できると思っているかどうかは内緒。

 今回の選挙、民主党が勝ったと言うより自民党が負けたのである。鳩山首相は、百日以内に何ができるかですな。ただ民主が勝ったと喜んだり、自民が負けたと関心でいる人たちに苦言。

 本番は来年の参議院選挙です。

 来年の参議院選挙で、陛下の与野党が争うという形にしないと、さらに六年とりかえせないのである。

 しかし、吉田の孫の麻生を倒したのが、やはり鳩山一族。武吉はどこだ?かつて鳩山由紀夫は「私にも三木武吉がほしい」と口走ったが、小沢一郎?

 ちなみに甚だしい歴史歪曲に関して。

 三木武吉は、身を捨てて自民党を結成した政治家、とされる。しかし、武吉にとって自民党結成は手段であって、目的ではなかったのである。目的は、自主憲法制定である。自主憲法制定とは、日本人にあった憲法を制定することであって、今の日本国憲法の条文をいじることではない。ついでに武吉は強烈な反共主義者で、共産党との連立は拒否したのである。世界の歴史上、共産党と連立を組んで勝ったのはシリアバース党くらいなので、武吉の良識は称えられてよい。

  三木武夫=最大限に原理原則論者を装った機会主義者

  三木武吉=最大限に機会主義者を装った原理原則論者

 しばしば政治家は目的を達成するために、自分の目指す原理原則を隠すこともある。

 されに上を行くのが歴史修正主義者ならぬ歴史歪曲主義者である。三木武吉の目的が自民党結成であることにすれば憲法問題は忘れ去られる。憲法改正という言葉を言えば言うほど、日本国憲法の(条文の)価値観は定着する。

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