11月に出す本の準備。
実は10年前に発売されていたので、八王子のくまざわ書店で立ち読みして気にはなっていたけど、今回の仕事で改めて読んだ。
明石欽司『ウェストファリア条約 その実像と神話』(慶応義塾大学出版会、2009年)
全600pで参考文献が欧文ばかりで30p。さらに索引が20pで、本文は注だらけの本。著者が25年をかけた大作。ということなので、仕事でもなければ読まない本。
で、タイトルでわかる通り、結論は今まで私の言ってきたことを全否定する本。だからこそ読まねばならない。
倉山塾では最近、「一次資料なんて根性さえあれば誰でも引っ張ってこれる。大事なのは、先行研究の整理」と言っているが、実践しない訳にはいかないので、北海道出張の行き帰りで時間があったので読んだ。
さて、この本は膨大な先行研究を整理し、一次史料に基づいて事実を確定させていく。要するに世間で言われている「ウェストファリア体制なんて神話である」ということ。さらに、「ウェストファリア神話」が成立するのは19世紀であって、同時代はもちろんその後100~200年、ウェストファリア体制で主権国家の並立体制が形成されたなどということは考えられていなかった、とも述べる。
個々の事実関係に関しては非常に参考になる。たとえば、292pにはウェストファリア条約の無効を宣言する教皇の言葉が載っていたりする。ウェストファリア条約に関する事実関係を知りたい人は辞書代わりに手元に置いておく本かと思う。いわゆる、「本棚にあると賢そうと思われる本」。
と、ここまでは「おっしゃる通り」ではあるが、同時に「そんなことは最初からわかっていた」との評価に留まる。
そもそも、「同時代人の意識」なんて言い出したら、この名称を最初に使ったのはプーフェンドルフ『ドイツ帝国』(一六六七年)のはず。そもそも三〇年間に一三度の戦争と一〇の平和条約が存在したし(これにも異説あり)、フランスとスペインなんてウェストファリア条約と関係なくさらに10年以上も戦争を続けている。
「ウェストファリア体制」どころか「三十年戦争」自体が後世からの評価なので、事実関係だけで歴史を語れないの典型。評価枠組みの正統性という観点からみた。
ちなみに二つの世界大戦にも、「二十世紀三十年戦争」という見方もある。
著者は「国際関係の形成に1648年は特段の意味がない」との観点に集中しているので、宗教問題の観点は比較的分量が少ない。この本は前提知識がないと読めないので、知らない人が「宗教戦争だったのは最初だけ」とかいう表現を真に受けたらヤケドする。この著者の知識体系で言うのは筋が通っているけど、素人がオウム返しに言うとハチの巣にされるだろう。(私も、この方面の専門家とは言えないが)
三十年戦争がヨーロッパで「最後の宗教戦争」であるという点は通説通りのようだけど、その根拠はかなり独特。私などはアウグスブルク和議など誰も守っていなかった空文と看做しているけど、同書ではかなり高い位置づけになっている。同時に近代憲法の観点からウェストファリア条約を低く評価しているが(ルター派とカルバン派だけに内心の自由)、そのあたりも物差しによる。
結局、なぜ1648年が画期的な年とされ、現代に至るまでの「体制」とされるのかというと、その後も色々と反動がありながらも重要な点で逆戻りしなかったからではないか。たとえば、アウグスブルクはもちろん、大はフェデリコ、小はマキャベリの試みなどは木っ端みじんに跡形もなくなっている。
313年からの西欧世界は「教会>世俗」だった。ところが1648年からの西欧世界は「教会<世俗」となっていき、それが世界全体に広がっていく。1648年以前にも「教会<世俗」の要素は散見するけれども、1648年以後に決定的に「教会>世俗」がなくなった。
それこそ厳密な議論をしだすと、ウェストファリア体制の成立は1907年とか1919年と言っても良いが、それだと何を説明できるのだろうかという意味のない枠組みとなる。
では決定的な要素はというと三つあると考えているので、その枠組みは11月にまとめて公開する。
なお、9年前のメモ帳より。
会田雄次『ルネサンス』(講談社、一九七三年)
今井宏『日本人とイギリス 「問いかけ」の軌跡』(筑摩書房、一九九四年)
菊池良生『戦うハプスブルク家 近代の序章としての三十年戦争』(講談社、一九九五年)
菊池良生『傭兵の二千年史』(講談社、二〇〇二年)
色摩力夫『黄昏のスペイン帝国 オリバーレスとリシュリュー』(中央公論社、一九九六年)
シラー選集
C.ヴェロニカ・ウェッジウッド『ドイツ三十年戦争』
林健太郎、堀米庸三『世界の戦史』第5
伊藤政之助『戦争史』
伊藤宏二『ヴェストファーレン条約と神聖ローマ帝国』(九州大学出版会、2005)
『国際政治 国際関係思想』六九号(一九八一年)
吉川元、加藤普章『国際政治の行方』(ナカニシヤ出版、二〇〇四年)
奥脇直也『国際法におけるウェストファリア・パラダイムの転換に関する調査研究』(東京大学、二〇〇三年)
下村寅太郎『スウェーデン女王クリスチナ バロック精神史の一肖像』(中央公論社、一九九二年)
高度な内容に付いて行けず、撃沈しました……!(≧△≦)
ちなみに私にとっての「本棚にあると賢そうに思われる本」は、遺伝学やら進化医学やら、神経学やら。ぜんぶ自分の抱える障害に関連する内容です。他にど~しよ~もないから、必死で勉強するんですよね。
倉山先生の本を読んで、自分に歴史は無理と痛感しました。テストで点を取ることなら簡単ですが、「使える知識か」と問われると深度が違うんですよね。法学なんて壊滅です。役所に行って書面を見ただけで、「何コレ呪文?」って思うレベルですもん(-。-;
赤色チャイナ帝国やおそロシア連邦も崩壊するかもしれないし、成功した国際秩序、失敗した国際秩序について研究をしておくことは日本にとって極めて重要ですね。
ひょっとすると中東では大量破壊兵器が飛び交う一神教のバトルロイヤルがあるかもしれませんし、その後のことを考えるとウェストファリア体制の決定的要素ってとても気になりますね。
とても期待してます。
国民国家を考える上で重要だと思いますし、
今の日本の置かれてる国際秩序を理解するためには、
ウェストファリア体制からの流れを知らないといけないですよね。
まだ先ですが出版をお待ちしております。
(個人的に不干渉とその例外という点に興味があります。)
あと、グロティウス先生が出る事に期待してます(趣味ですw)