小林よしのりとゴー宣道場を論破した。以上!

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小林及びゴー宣道場が意思表明した。
敬称は不要と判断したんで、略。

後刻、逐条的に添削してもいいが、逃げたな。

こちらは「三つの質問」を用意したが、自分の言葉では答えなかった。手下の発言を間接話法(しかも答えになっていない)など、相手にする意味がない。

この時点で、はい論破。論破って、相手も第三者も認めなくても、一方的判定すればよいのだったよな?

で、小林は「議論ではなく、口喧嘩は相手にしない」とか言っているが、こちらは第一の質問で「お悔やみツイートに粘着とはどういうつもりだ」と聞いたが、答えなかった。喧嘩を一方的に売ってきながら、こちらが売ったかのように事実改竄する。事実の時点で共有できないし、論理的な議論などできない。そして答えない。

一つだけ非論理的な点を指摘しておくと、こっちは「粘着ツイートはお前の差し金か」と聞いているのに、「公論戦士の見事な論破」とか言いながら、「相手にするな」と言い出す。どっちだよ?(苦笑)

「愛子天皇論」で何を書くか知らないけど、作品の質でも内在する論理でも批判に耐ええない代物を持ち出されても。

別に逃げないなら公開討論に応じてやるが、今後は相手にせずかな。

「小林よしのりとゴー宣道場を論破した。以上!」への2件のフィードバック

  1.  倉山先生におかれましては、此度の件でかなりの心労に苦しめられた事と存じます。ご心痛お察し致します。
     私個人は倉山先生のご著書からも、小林先生のご著書からも学ぶところ大であり、さらに申し上げれば特撮好きでもあるため、此度の紛議は拝見していてこちらも辛いものがございました。
     倉山先生がご著書やブログで小林先生のこれまでの言論活動に対する敬意を(価値観が相容れない相手としながらも)複数回表明なさっている点(『保守とネトウヨの近現代史』p.101-104や、 https://office-kurayama.co.jp/?p=1609 等)、『決定版 皇室論』で小林先生らの主張(と同一のもの)も複数取りあげており、粗雑な男系維持の議論とは一線を画する点等を考えるに、倉山先生と小林先生の直接的な議論や誌上論争のみならば、建設的なものになったのではないかという思いが強く、私としても残念に感じております。
     なお、小林先生の新著(『愛子天皇論』)が出版されるまでは直接討論等を待つ予定であった点や、即座に相手をブロックする議員やタレントも多いなか道場関係者にそのような行動を取らなかった点など、倉山先生は言論人の作法をお守りであったと感じております。また、お悔やみの投稿を複数回も攻撃された事には、甚だしい怒りや悲しみを抱いた事と存じますが、私としては作品の価値はそのような事で貶められる程弱くはないと信じております。
     今後もご著作をお待ちしております。

  2. 倉山先生と小林が論争しているとのことを知りました。
    ただし、小林相手では論争にならないでしょう。
    彼の論理は屁理屈で一貫したものであり、ウナギを掴むことと
    同じです。その為に論争内容を知ろうとしましたが、
    止めときました。彼は西部邁に影響を受けたものと思われますが、西部思想の奥にある北一輝思想という密教には辿り着けずに信者を得てしまい、その言動がダッチロールするに従い、
    信者達も右往左往しているという珍現象を意に反して演出していると私個人は見ています。倉山先生にはどうか時間を大切にされることをお勧めします。ケインズとアダム・スミスの学説を共産主義経済のように唯一無二で考えるべきではなく、柔軟にその時の経済状況に応じて使用すべきとの説はその通りと思いました。

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