1228年、ローマ教皇との腐れ縁に苦しむ神聖ローマ皇帝フェデリコ二世は第六回十字軍を率いてエルサレムに向かった。
ちなみに私は第五回十字軍と習ったが、カイロに向かった1217年の十字軍などなかったことにされたらしい。
そもそも十字軍とは、「聖地エルサレムを奪還するために結成された軍隊」と日本では習う。
まあ全部がそれではないが、間違いでもないのでそういうことにしよう。
そこで「玉座に座った最初の近代人」とか「当時の欧州で最高の知識人」とか言われるフェデリコ二世は、穏健に話し合いで聖地巡礼を認めてもらうという極めて画期的な手段で結果を達成してくる。
そこでローマ教皇は満足してくるかと思いきや、
「なぜ異教徒を虐殺をしてこない?」と、こともあろうにフェデリコに軍隊を差し向けてくるのである。
当時のキリスト教では異教徒は悪魔のようなものなので、殺さなければならないのである。しかも残虐な方法で。
この際のローマの多数派は、「相手がそんなにすんなり認めるなら戦えば勝てただろう。裏切り者め!」などと理性的に考えたわけではない。(そう考えた奴もいたかもしれないが)
まあフェデリコも交渉の最中に、敵であるはずのイスラム教徒の皆さんにローマ教会への陰口だか愚痴だかわからないような罵倒語を吐いているので、何ともなのだが。
宗教的寛容以前のカトリックの教えでは、「殺す、しかもより残虐に」という手段が自己目的化して、もはや本来の目的である「聖地奪還」などどこかへいってしまうのである。きちんと結果を果たしているのに。
「結果は手段を正当化する」とは実は穏健な思想なのです。
なんだか同じようなことをつい数十年前のどこかの国がやらかしてましたね。桜花とか白菊とか全く使い物にならないものを持ち出して。
一番効率的な方法を採用、実現して非難されるってやるせないですね。とくに目的の取り違えなんて。
高校2年のころ、世界史の先生が「今だったらノーベル平和賞モノだ。」と仰ってたのを覚えています。
別にフランクと言おうが十字軍と言おうがこの戦争と何の関わりもない日本国民にとってはどちらでも構わないのですが、宗教戦争あるいはイデオロギー戦争ってのはあらゆる戦争の中でも最も厄介ですね。戦争とは本来外交の延長であり、損得勘定でやるべきものなので、戦争目的がハッキリしていれば引き際を見極めることも出来ますが、価値観で戦争始めたらそういうわけにはいきませんからね。たしか数年前のユーゴ内戦でも同じようなことがあったと言います。
拉致問題を解決するために北鮮とやりあうのもありですね。
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