なぜか、今までは何も言わず、最近になって積極的に皇位継承問題についての発信を強める、元宮内庁書陵部専門研究者の鹿内浩胤氏。なぜか旧皇族の養子による皇籍取得に徹底的に反対の論陣を張っている。
「なぜか」というのは、後輩に迷惑がかかることを考慮しないのかが不思議。政府と国会の多数が、「旧皇族の養子による皇籍取得」を進めている。それに前任者が真っ向から反対するとは、宮内庁はそういう役所だと思われるから。
実際に、「旧皇族の養子による皇籍取得」に関し、宮内庁は「先例がない」と言い出して、反対派(特に馬淵澄夫当時代議士)が大はしゃぎ。「先例はある」と各所から指摘される大騒ぎとなった。
むしろ鹿内氏にはどんどん政府案に反対していただいて、宮内庁への政治家の警戒感を強めさせてほしいほど。
さて、よりによってAERA。
皇室典範改正案の「養子案」復活は正当性欠く 元宮内庁書陵部専門研究者が指摘する問題点 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)
専門家と称して意見を述べられると信じる人が出てきて困るので、問題個所を指摘しておく。
★新憲法施行後5カ月経ってからの離脱となったのは、当時の宮内府次長の国会答弁によれば、離脱する皇族方への一時金の支給に関する政府とGHQによる折衝が難航したために、施行以前に離脱を完了できなかったということであり、この5カ月は「意図的に用意された皇族身分の継続期間」ではない。
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内閣法制局が「日本国憲法下でも皇族だったので、旧皇族の男系男子孫の皇籍取得は合憲」との見解への異論のよう。
もし現行憲法下で皇族になれないのであれば、現行憲法施行の段階で自動的に皇籍喪失、その後に支給金の折衝を続けることになったはず。別に意図的に用意しようがしまいが、日本国憲法下で皇族であった事実には変わらないのだから、法制局見解(つまり日本政府見解)への何の批判にもなっていない。
★陽成上皇が宇多天皇を指して「あれは、かつて我がお側仕えをしていた臣下ではないか」と評した言葉を紹介し、政府が皇籍復帰取得の先例として宇多天皇と醍醐天皇をあげるのを批判。
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当時の貴族社会の違和感を強調。これ、絶対評価としてはその通りだけど、絶対に先例にしてはいけない理由の証明にはなっていない。続けて以下。
★左大臣源融の皇籍復帰に藤原基経以下朝廷の多数が反対した事実を紹介、官歴を有した(世俗の人として生きたか)を問題にしている。
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皇籍復帰取得に際し、世俗の人として生きたかが問題とされるのなら、なぜ鍛冶屋の丁稚の経験がある貞致親王が後水尾法皇の猶子として皇籍取得、伏見宮家を継承できたのか。
★ これらの歴史が教えてくれるのは、いくら血統が近くとも、一度降下したら、皇位継承の環には戻れないという「身分の不可逆性」の原則である。血筋(皇胤)と身分(皇族)は明確に区別されていた。
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原則はそうでも、例外はある。意図的な事実誤認によるミスリード。
★そもそも、過去の歴史上の事例が全て「先例」になるわけではない。そこから選ばれた吉例・嘉例のみが後世の規範、すなわち「先例」となるのであり、不吉な事例やイレギュラーな事例は凶例として忌避される。宇多天皇・醍醐天皇と同様の事例が、その後「先例」として繰り返されることはなかった。
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悪例でも先例としたことはいくらでもある。譲位(乙巳の変)、三種の神器なき即位(源平合戦)、不登極帝(承久の乱)など。
★配偶者となる非皇族男子に対しても等しく身分を付与しなければ整合性を欠く
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どんな先例、しかも吉例・嘉例があるのか。これを阻止し続けてきたのが、皇室の歴史ではないのか?
★養子案が当事者間の「私的な合意」に頼っている点も危うい。合意の都度の国会承認で特権階級の恒常化を避けようとしても、候補者が旧宮家に限定される以上、一般国民の中に皇族の不足を補う「准皇族」とも言うべき新たな身分を作るという門地による差別(憲法第14条)の構造は動かない。
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旧皇族は准皇族ではない。配偶者となる非皇族男子への処遇。処遇であるので、憲法は関係ない。婚姻による処遇を問題とするなら、上皇后・皇后・東宮妃も問題としなければならなくなる。
以上、歴史に関するところだけ指摘。
鹿内氏には、どんどん政府案への反対の論陣を広げてほしい。どうやら左翼メディアにばかり書かれているようなので、宮内庁への警戒心を政治家や国民に広まるだろう。