イギリスも亡国前夜?

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 このところ、報道に接するたびに嫌気がさしていたのが、英国の総選挙です。
曰く、「日本がお手本とするイギリスでも二大政党制は限界に来た。」
曰く、「ヨーロッパ大陸では比例代表による連立政権が主流。」
曰く、「二大政党制など英米など少数派。」
曰く、「小選挙区制度は欠陥制度。イギリスでも中選挙区制が求められている。」
曰く、「本家でも第三極!日本がお手本にしてきたイギリスの方が先に二大政党制から転換。」
曰く、「ハングパーラメント(中吊り議会・宙ぶらりん国会)は確実!」

 一番ひどかったのが、みのもんたの『朝ズバ』かなあ。
 でも、どれも似たり寄ったり!

日本には浅ハカな記者しかおらんのか?

と、イライラは募っていました。
 私も英国憲政など自分の専門に必要なのでかじった程度なのですが、あまりにもひどすぎましたね。ということで、以上すべてに一言反論。

反論1:総選挙開票日から365日以内にそんな断言をできる人は既に予言者です。
反論2:ではどこの国がお手本になる国ですか。
反論3:まさか本気で米国が二大政党制だと信じているのですか?
反論4:誤解の無いように言うと正確には大選挙区連記制ですね。
反論5:別に自民党がキャスティングボートを握った訳ではありませんが。
反論6:お願いですから定訳を使ってください。

 以上の言っている意味がわからなくて今回の選挙を報道できたら、すごい勇気ですね。
 目の前で起きている現象をinformationとして伝えるのがお仕事なのでしょうけど、わからなければ専門家に聞くというintelligenceはなかったのですかね。あ、自分がわかっていないことをわかっていなかったのか。(自己完結)

「一言ではわからん」という人の為に補足します。
補足1:前回の憲政危機では、1914年から45年までかけてやはり二大政党制に戻りました。
    それくらいの期間で見なければならない訳です。
    「戦後二回目」という言説ばかりで1974年の例ばかり出てましたが、どの「戦後」?
    英国人にとっても、日本人と同じように第二次大戦が最も重要だと思っているの
か?
    その発想自体が既に東大憲法学の術中に落ちています。
    あえて挙げるなら第一次大戦でしょうけどね。
    英国は二次大戦以後も朝鮮戦争!からイラク戦争まで多くの戦争を経験していますが。
    せめて「二十世紀以来」とか「ここ百年で」くらいの歴史リテラシーはなかったのか?

補足2:欧州の政党は自民党の派閥と同じです。
    例えば、フランスやドイツなどは、保守派と社会(社民)党系の二大政党ならぬ二大系
    統があるのでは?
    ちなみに、英国労働党も、欧州の社会(社民)主義政党も、その言っていることもやっ
    ていることも、

日本だと極右!です。

補足3:米国の二大政党の党首は誰ですか?
    個々の議員が日本の中央官庁の一つの局くらいの人員を抱えていて、法案ごとに合従連
    衡していて、どこが二大政党制なのだ?というか、共和党とか民主党って、単なる圧力
    団体付院内会派でしょ?
    政党規律が強烈な英国とはまるで違う存在です。
    政治学の政党理論では、米国の政党は、

日本の自民党や民主党にも劣る初期段階

です。

補足4:そんなに日本でも中選挙区制(正確には大選挙区単記制。別名、死票が多くなる比例代
    表制)に戻したいですか?
    これをやると受からせたい奴を通せず、落としたい奴を落とせないのですが。。。
    選挙制度の話はあまりにもつまらなさすぎるので以上。用語がわからない人は、
    Wikiででも調べれば十分です。

補足5:自由党分裂、労働党台頭、自民党(自由党の後身)再台頭、の歴史は踏まえましょう。
    ついでに言うと、欧州の政党って、日本で言うと新党大地とか沖縄社大党みたいな連中
    の地盤が異様に強いって知ってました?

   
イタリアに至っては全ての政党が新党大地!

です。
 ではベルルスコーニは鈴木宗男?橋下徹にしといてあげましょう。。。
 英国でもアイルランドの地域政党を黙らせるのに大変で、50〜100年かけている訳です。
 そういうその国ごとの特殊事情を考えれば、日本など羨ましがられているわけです。

補足6:定訳は、絶対多数党不在議会!です。ついでに英国はこの状況を「革命に近い状況」と
    認識しています。
    というか、そもそも英国憲政論では「議会」と「国会」の区別が厳密なの知っているの
    でしょうか。。。
    書いてて段々、心配になってきた。。。

 さて、事実関係を並べて見ましょう。

開票。どの政党も過半数に達しない「絶対多数党不在議会」が出現。
保守党、労働党、自民党の順。過半数に達する組み合わせは、保守+自民のみ。
ブラウン首相もクレッグ党首も、キャメロン党首に組閣の権利があると公に確認。

保守・自民の連立協議。
ブラウン&側近が連立交渉が潰れた時に備えて陰謀開始。
労働党内から「正々堂々と下野しよう!」との声。

キャメロン、エリザベス女王に呼ばれて、選挙結果を報告。
=首相となる資格の確認。
単独か連立かは、自民党内の手続き上で不明。

組閣。副首相以外の主要閣僚はすべて保守党。
五年以内に双方の合意で、連立解消できることを確認。

 大事な点を確認します。
一、首相候補は、キャメロン保守党党首だけです。
 ブラウン続投の動きを小馬鹿にする良識は英国の、特に与党労働党の政治家にありました。
 では良識とは?ブラウンさんが嫌いだから足を引っ張った?
 そんな姑息な延命工作をすれば、次の選挙で選挙民に落選させられるのが恐いということです。

二、クレッグ自民党党首は、総理の椅子を要求していません。
 どこぞの国のホソカワさんとかムラヤマさんとは違います。
 有権者に選ばれた首相資格者はキャメロン保守党党首だけです。
 参議院選挙の後の日本の報道、特に中吊り広告で
「小沢の秘策!渡辺総理!」とか、「悪夢!とうとう公明党政権!」とか、出てきそう。。。
 それが許されるのは日本で、というか報道が率先してそういうのを政治家に許す風潮を作っているのが一番許せんのです。

三、女王に選挙結果を報告。
 国王に呼ばれるということ自体が、首相になる儀式です。
 ここでクレッグとかブラウンとかが乗り込むと、「革命」です!
 女王が彼らを呼んでも「革命」です。
 間違いなく今次政局では女王側近は戦前日本の内大臣並みに相当の情報収集をしているのですが、立憲君主には政治家が無茶をしそうな時に抑制する役割もあるのです。
 日本国憲法だとこれはできないようになっていますが。

四、選択肢は、保守党単独か自民党との連立か、しかなかった。
 前者なら一年以内の再選挙が慣例ですね。やらないと損しますし。・・・1974年型。
 ここでの「一年以内」が、二大政党制を基盤とする英国憲政の先例をやめるのか、が鍵ですから。
 後者は連立の合意が続く限り解散はしない。・・・1931年型。
 もちろん、650分の50議席強の政党が政府を振り回せないようにする政策合意です。
 まさか、どこぞのユーラシア大陸のトイメンの某島国のように、480分の10議席もないような政党が、300議席を超える与党を振り回すとかはありえない訳です。
「嫌なら出て行け!もう一回選挙をやって有権者に決着をつけてもらおう!それが嫌なら協力しろ。話は聞いてやる」
があるのです。
 少なくとも1年は見ないと、1931年型の緊急避難か、本当に二大政党制をやめたのかは見極められないはずです。
 ちなみに1931年も、金融危機に際して挙国大連立でした。

 以上の、私が大事だと主張した点について言及した内容を紹介した報道があれば、謝罪はしませんが、その方を尊敬します。誰か教えてください。

 今回の事態が英国二大政党制の岐路なら、クーデターが年中行事のタイなど5年に1回は岐路ですね。あの国も、英国憲政理論を相当に取り入れていますから。

 怒りのあまり、かなり長くなりましたが、それでも一番良かった記事を。

『産経新聞』木村正人特派員の

英、戦後初の連立政権 「2.5党」時代、幕開け
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100513/erp1005131149007-n1.htm

英国で二大政党体制が育ったのは帝国の歴史と関係しているともいわれる。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのパトリック・ダンリビー教授は
「帝国主義の時代、政治に1日でも空白が生じれば、それは敗北と帝国の崩壊を意味した」と語る。一夜にして政権が代わり「強い政府」を生む二大政党体制が不可欠だったというのだ。

の部分は、その通りですね。

憲法は戦争に負けないためにある

世界の常識です。

 お願いだから、英国を引き合いに出して、日本の政局を混乱させようとする報道はやめてほしいものです。

「イギリスも亡国前夜?」への0件のフィードバック

  1. 倉山さん
    おはようございます。藤沢です。
    私も何となく違和感を感じておりました。

    何といいますか、
    「二大政党制」⇒原始的で時代遅れで程度の低いもの
    「多党化した連立政権」⇒価値観の多様化がきちんと反映されたより高度なシステム
    というようなニュアンスを感じてしまうのです。

    連立政権を全否定するものではありませんが、そこには当然求められる規範、ルールが必要だと思います。倉山さんのお話、全く同感です。
    連立政権の場合は、選挙後に話し合いが行われるケースが多いと思われるので、本来ならばその結論を元に再選挙を行うべきだと思います。

    そういえば話が変わってすみませんが確か小泉内閣の時、公明党が中選挙区制の復活を持ち出して自民党がそれを潰したという出来事があったと思いましたが、その点では日本も結構まともですよね。

    参院選後の政局についてはまだ何とも不透明ですが、原則さえしっかりしていればどんな状況にも対応が効くと思います。そして何よりそれを選挙前にきちんと全体として確認しておく事が大切だと思います。

    まあ、それはともかく。最近各種予想で輿石の落選フラグが結構立っているのが嬉しい藤沢秀行でした。それではまた。

  2. 倉山先生、こんばんは。

    大事な点の三が間違ってますよ。
    キャメロンではなくて、クレッグが乗り込んだら「革命」なのでは。

    ところで、選挙結果を受けての動きは、さすが英国見事でした。
    少数与党ではなく、現在は連立を選んで、財政と経済という国家の大問題のために
    なるべく強い政府をという動きを、ブラウン氏以外の3党のほぼ全員がしたということです。
    経済の立て直しのめどがたてば、再度総選挙ではあるのでしょうが、
    今国を保つために何をすべきかが分かっていると思います。
    表面的な「2大政党」という形が大切なのではなく、中身が大切なのですが
    我が国は、自民党と民主党ですか・・・そして第3党が公明党ですね。
    自虐的なのは嫌いですが、困りましたね。

  3. 藤沢様
    宮川さんは、火中の栗を拾って、頑張ってますから。まだ厳しいですけど。

    かしわもち様
    すみません。訂正しておきました。

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