「憲政の常道」とは、以下の三つの要素から成立します。
一、衆議院第一党の総裁が総理大臣になること。
二、政権交代の前か後には総選挙があり、国民が選択する機会が与えられること。
三、慣例として認められること。
学術的に定義すると、「二大政党による議院内閣制という憲法習律」となります。どうです、難しいでしょう?これ、言うは難しく、やるのはさらに難しいのです。詳しく説明すると、それこそ1000頁ではきかないので要点のみを。(笑)
この三つの原則から派生して、色々と難しい話が出るのです。
一からは、「病気でもない総裁を次々と変えてはいけない」「総理大臣より強い与党実力者がいてはならない。なぜならばその人は権力をふるうだけで責任をとらないから」「第一党がこぞって他の党の党首に投票してはいけない」「総裁でない人を総理大臣にしようなどという陰謀は許さない」とか。
ニからは、「自党の都合で総裁総理を変えたのならば総選挙で国民に信を問わなければならない」「総選挙ができないのなら簡単に総理を変えてはいけない」「政権担当能力をなくして総辞職するなら、第二党に政権を譲らなくてはならない」とか。
三からは、「法律の条文に書いてあるかないかだけを言い訳にしてはならない」「結果としても手続としても政治家は民主制を守り国民を納得させなければならない」「政治家には守らねばならない規範がある」とか、ですね。
三から派生する話に至っては、「政治家にそんなことできるの?」と疑問に思うかもしれません。でもそれは天に唾する行為です。その政治家を選んでいるのは国民なのですから。「民主主義」などを建前にした以上、政治家どころか官僚のやった失敗まで「主権者である国民の皆様の決めたことですから」と言い逃れされてしまいますから。
もうひとつ大事なことを。英国人はそれができているのです。彼らは数百年かけて(色々計算はありますが、私の計算では早めに見積もって約二百年、遅くて七百年)、それを自らの手で勝ち取ったのです。同様に、大日本帝国も、約六十年でそれを自らの手で勝ち取ったのです。しかも本家の英国よりも早く、彼らに負けないだけの立派なものを。
どうせ何もできない、何をやっても無駄、勝つ奴と負ける奴は最初から決まっている。そんな子供じみた戯言をしたり顔で吹聴する輩は多い。そういうことを言う人こそ子供である。
今の日本、駄目なのは子供だってわかっているのである。それを言う言説に何の価値があるのか。
今の日本、真の大人は、こうすればよくなる!を具体的に提示できる人だと思います。私の仕事は、その為の材料を提供することです。大学の授業のように一方的な受身ではなく、皆様の参加をお待ちしています。
「憲政の常道」ですか・・・
まだ完全には把握できていないんですが、政治の失敗はあり得ることで、ツケは結局国民に回ってくる。であるならば、国民が納得できるやり方、またはこれで納得しないなら国民のほうがおかしいと言い切れるようなやり方を目指していかないことには、国はいずれバラバラになってしまう。バラバラにならないための筋道が「憲政の常道」なんだろう、と感覚的に思っています。
その内容を条文化すると一、二、三、となるんだろうと思いますが、どうしてその一、二、三、になるのかはまだちょっと頭の中が整理できていません。
首相が変わったら国民に信を問うのは当然だと思いますが、そこで第2党に政権を譲ったら国会で何も進まなくなってしまわないのでしょうか?野党になった第1党が、国会で反対に回るのは容易に想像がつくのですが
>志木さん
「憲政の常道」の前に、「陛下の与党」「陛下の野党」の存在がやはり大前提となるのでしょうね。そうであるならば、国家にとって絶対に必要な法案は与野党協力して通るし、そうでないのは意見が割れて総選挙になるでしょうから。
〉志木さとしさん
例えば片山内閣は「憲政の常道」に従ってということで国会のほぼ全会一致で成立しています。
〉倉山先生
質問させていただきます。
9月に行われた首班指名で自民党議員の一部が「白票を投ずる」と発言をしたとき、テレビで石破元農相が「それは憲政の常道に反する行為」と発言していました。
しかし、1948年の首班指名の決戦投票で当時の野党は「憲政の常道」に基づき多くの野党議員が白票を投じるということをしました。
決戦投票とはいえ白票を投じるのは石破氏のいう「憲政の常道」に反します。
どちらのほうが「憲政の常道」に基づいた行動なのでしょうか?
志木さま
少数党の党首が首相になった例としては
例として、細川護煕首相および村山富一首相があります。
細川政権の際は、8党が「野合」をしたため、比較第1党である自民党の総裁が首相になりませんでした。
この際は、国会運営に詰まったのではなく、内部分裂、国民福祉税構想の挫折、佐川急便事件で政権を投げ出しました。
その後の羽田首相も同じですね。
村山政権は、自民・社民・さきがけの連立政権で、割合安定した時期を過ごし、
最終的には、橋本首相に引き継がれました。
新田さま
ご質問の件については、もし差し支えなければ
一度9月18日の倉山先生の記事をお読みになればと思います。
首班指名選挙当日の記事です。いかがでしょうか?
dodo様、新田様、かしわもちさまへ、
いろいろ教えて下さりありがとうございます。やはり、中心に天皇を据えて「憲政の常道」を守るしかないようですね。
度々質問調になってしまって申し訳ないのですが、世界の常識も少数政党が連立するさいも連立する政党の中で1番議席数が多い政党が首相を務めるものなのでしょうか?もし知っている方がいらっしゃいましたら教えていただけないでしょうか。
「世界」の定義が難しいです。実質的な民主国でないと意味がないですし、しかも大統領制の国ははずれます。たとえばOECD加盟国などという範疇ももはや通用しなくなりました。「90年代以降の加盟国をはずした議院内閣制の国」に絞ると、第一党が政権を握るのが健全な民主制という考え方はあります。
ただ欧州大陸の国々は多くが比例代表制なので、英国とは事情が違います。私は比例代表制を評価していないので、あまり欧州の国々を参考にしようとする気がありません。
実は英国ぐらいしか見ていないのですが、それとて部分的に参考にしているだけで、その「部分」が他の国より極端に多い、というだけです。
結局、外国を参考にするのはあくまで「参考」にすぎない訳です。大事なことは、自国の固有法に合うかどうかであって、比較以上に歴史です。ただ比較をしないと歴史はわからないので。
倉山先生へ、わざわざ私の疑問に答えて下さいましてありがとうございます。
国家の運営の仕方は、各国の歴史や因習によって変わってくるので同じ土俵で比べることができないということですね。
そうなると、明治政府が欧米から持ってきた「国家運営の仕方」を日本流にするのには相当苦心したのでしょうね
そうすると、現在の議院内閣制は、憲政の常道を明文化する趣旨だった(議会、特に衆議院の多数派が行政府を構成する)と言えそうですね。
問題は、「多数派」の意味をどう捉えるか、でしょうね。
かしわもち様の指摘する平成5年総選挙では、自民党がまさに「自滅」したために、どこも絶対多数を取得できなかったわけですから「自民or社会or新生…」という関係では自民党が多数でしたが、「自民or非自民」の関係では非自民が多数だったために、非自民連立内閣というわけの分からない事態が生じています。見方によっては「あれはあれでよかったのかなぁ」という気がしないでもないです。
実際のところ、こういう事態が生じるのは、憲法や各法令が政党について充分に定義しきれていないところに問題があるのではないでしょうか。憲法は政党についてなんら規定するところがなく、憲法解説書でも政党について言及するようになったのはここ最近のことです。例えば、芦部憲法の初版では、政党についての解説はありませんでした(後の増補で加筆されたが、この点はいちおう評価しておきたい)。
憲政の常道は「習律」に過ぎないという意見もあるようですが(ウィキでも冒頭で同趣旨の記述がありますが)、イギリスではまさにその習律こそが「憲法典」なのであって、日本でもこういう法制化が必要なのかもしれません。
ご回答ありがとうございました。
先生の“憲政の常道”の考えにはいまいち納得してないけど、“どうせ何もできない、…”から後の文には大いに賛成します。ダメだから何もしないんじゃちっとも前に進まないもんね。