国土交通省は安全保障を所管?―北方領土問題での前提

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 組閣の日から「国土交通大臣は安全保障を所管する」と言及してきたが、いきなりその様相を呈してきた。前原大臣、北方領土を視察し、「ロシアに不法占拠されている」と述べて先方の反発を買い、鈴木宗男衆議院外務委員長から「外交は静かにやるもの。そういうことを言うものではない」と批判された。

 そういうことこそ公の場で言うものではないと思うが、ロシアへの何らかのメッセージのつもりだろうか。

 ここで「ロシアに気を使う鈴木宗男はどこの国の政治家だ?」などと批判が出そうである。私もそう思うが、その前に常識として確認したいことがある。

 第一に、北方領土はどういう経緯で今の状態になったのか。ソ連が一方的に日ソ中立条約を破棄し、敗戦直前の日本を裏切って占領したのである。そしてソ連の継承国であるロシアに引き継がれている。完全な不法行為である。事実認定には争いが起きようが無い。ロシアが言う「係争地域」とは「不法行為によって占拠されて(して)、国境紛争となっている土地」の緩やかな表現である。

 第二に、戦争で奪われた土地を奪い返すにはどうすれば良いのか。「軍事力で取り返すしかない」のが定跡である。沖縄や小笠原こそが例外である。この辺りの論理は、高橋昭一『トルコ・ロシア外交史』(シルクロード、一九八八年)がおもしろい。巻末に、「トルコ人の語る北方領土の取り返し方」が載っている。国会図書館とかでないと手に入らない本だが、「古本屋で見つけたら、絶対買い!」という名著である。そもそも、日本の要求が虫が良いのである。自前で軍事力を蓄えなくていない時点で、ロシア側にやる気を疑われているのである。

 そしてこれは日本外交史家や外交専門家のほとんどの人が勘違いしていることである。

 第三に、外交交渉では「成功」を求めてはいけないことである。つまり、外交とは取引である。交渉が妥結するとは、こちらも何らかの譲歩をすることである。一方的な場合は「恨み」が残るので。だから、個々の会議が必ずしも進展しなくても良い、ということなのであり、個別の会議で何の成果が無くても一概にそれが失敗だったとは言えないのである。アラブ外交を見ているとよくあるのだが、その交渉・会議をぶち壊して何の成果も無かったから「大成功!」ということもあるのである。国家は永遠である。だから目先の交渉でいらぬ譲歩をしてはならないのである。間違っても、「今度の日露会談で進展があるのでは?」などと期待してはいけないし、何の成果がなかったからといってそれだけで政治家や官僚を批判してはならないのである。そもそも上手くいくはずがない交渉なので。外交は焦るとしくじるのである。

 また、かなりの人が忘れていること。

 第四に、ロシアの政権の性格である。まさかメドベージェフ大統領が実権を握っていると信じている人はいるのだろうか。明らかに首相プーチンの独裁である。ではプーチンとは何者か。血生臭い権力闘争を勝ち抜いた秘密警察の支配者であり、力の信奉者である。では力の信奉者の特色とは何か。強きに諂い、弱きを挫くのである。日本とロシアの力関係はどうか。明らかに日本の方が弱い。

 以上から導き出される結論。プーチン健在の間に北方領土が返ってくるなどと言う甘い幻想は捨てよ。大日本帝国ならいざ知らず、今の日本にプーチンを動かせる力があるのか。あるとしたらプーチンにどのような弱みがあるのか。

 世の中には成功の見込みが無くても継続しなければならない努力もあるのである。そのような努力に対して成功を求める方がおかしいのである。

まず日本が強くならなくては話にならない!

「国土交通省は安全保障を所管?―北方領土問題での前提」への0件のフィードバック

  1. 質問させていただきます。
    「日本が強くならなくては、北方領土は帰ってこない。」という認識をしました。
    だとするなら、それは憲法改正を行い再軍備をするのは最低限であり現状それをしなければ話が進まないということでよろしいでしょうか?
    それと倉山先生の言う北方領土はどこまでを指しますか?
    北方四島ですか?千島列島までですか?それとも南樺太もですか?

  2. 北方領土と言えば千島全域で良いでしょう。また、樺太を言うなら、南だけというのもおかしな話で。というのは、「四島を返せ」というから、「では二島で」とか適当なお茶の濁され方をされます。「二十五島を返せ」と言っておけば、四島返ってくるかもしれないのに。ただ、今の段階で要求を上積みするには、余程の好機をうかがわないと駄目でしょうね。
    本気で四島を返して欲しい時に、「四島を返せ」というのは本当は定跡にはずれているのです。いまさらですけど。

  3. 先生は北方4島を奪還するのに譲歩が必要と書かれていますが、北方4島はロシアに不法占拠されている状態は、言い方は悪いですが暴力団が勝手に私有地を占拠しているのと変わらないと思います。もし、そこで譲歩を示せば図に乗るだけだと思います。やはり、北方4島を奪還するには徹底した軍事力を日本が身につけしかないと思われますが。

  4. 確認です。「二十五島とか」「樺太も」とかからの譲歩であって、「四島を返せ」からの譲歩ではありません。
    軍事力を身につけないと相手にされないは国際常識であり、当然の定跡です。

  5. ロシアには北方4島以外は日本は要求しないかわりに北方4島を返してもらうのですね。それなら納得できます。
    国家である以上軍事力がなければ話にならないのですね。中学校の時の担任に「軍事力で解決する時代じゃない」と怒られた記憶がありますが、担任は時代の数十歩先にいっちゃてたみたいですね。

  6. 倉山先生がここで述べていることは、そもそも何島返還とか軍事増強などではないと思います。大変失礼ではありますが、あえての二つのキーワードに絞って私なりに説明させて頂きたいと思います。

    返還する島の数は日本人なら当然4島全てです。しかしながら交渉の段階では島の数は言うものではありません。このことは本論でも書かれていましたが、他の例で言うならば、最近面積二等分論等が叫ばれています。これはロシアから見れば日本の主張を4島から半分に切り崩したという大成果です。「もう数十年粘れば日本の主張が1島になり、そのうち諦めるかも知れない。」という性質を日本人が持っていることをさらけ出しているようなものであると共に、数の定義づけはロシアに有利な条件を与え、日本にとっては縛りになるだけです。
    本当に全島返還を望むのであれば数を言わずに主張しつづけ、経済支援などのチャンスが訪れたときに駆け引きなどで返還を求めるべきです。なお、その島数はそのチャンスに応じて代わるものですので、全島返還できなければまた次ぎの機会を何十年も待ち続けなければならないのです。

    また、軍事の話が出ていますが、本論では軍拡が重要と言っているわけではありません。外交です。軍事も外交の一環であり、また、外交の本質は外務省だけが行っているものではなく、国民思想、政府の体制、経済などなどから裏づけされる国の総力です。倉山先生はその総力を強くしなければならないと述べているのだと思います。

  7. なるほど… 外交は難しいですね。
    落とし所は事前には漏らすことができない。従って、国民も賢くならねばならない、ということですか。
    少し譲歩して大きな成果を上げたのに、単に譲歩したことに怒って世論が沸騰したのではどうしようもない。逆に喜びすぎ怒らなさすぎでも、相手方に「譲りすぎたか?」と思わせ、その後の外交が難しくなってしまったりするかもしれません。
    「国の総力」と言われると、なんとなくわかる気がしてしまいますが、思うほど単純なものでもなさそうです。

  8. 大正期のワシントン会議でも、「海軍力対米七割!」などと国を挙げて叫んで、結局は六割でした。駆け引きをしないで誠実さで上手くいくこともありますが、定跡は「八割!」とか「対等!(十割)」か言ってみるものです。外務省、明らかに退化しているから恐いです。

  9. 落とし所を秘密にしなければ譲歩に見えないですもんね。ですが、秘密にしていたらいたらでマスコミが情報公開が政府の義務だといいそうですね。

  10. 本論で述べられている内容は秘密であるかないかではありません。
    数の議論に持ち込むかどうかです。

    数や量を議論の中に持ち込むと当然、数に対し+や-の議論が持ち込まれます。領土返還の議論においてはこの数の議論に持ち込むと日本は不利な条件となります。つまり、日本が4という数字を出せば当然相手は-の数字を出してきます。しかし、議論の最後にお互いの妥協点で結論がでても、相手の出した-の数値と日本の4の数値の間の数値となってしまうことが一般的で、4にならない可能性が高いのです。
    本論ではこのことが歴史的背景も踏まえて説明されていると思います。すなわち、2島返還なんていうキーワードを外交の場で出せば、少なくとも2島かえって来る可能性は低くなるのです。

    故に4以上の数値を出すか、ないしは数値自体を議論に持ち込まない手段が適切ではないでしょうか。

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