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亡国前夜(1)ー「憲政の常道」を守った池田勇人

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 読者の方々はどう思われるであろうか。この砦で毎日のように強調しているように、来年の参議院選挙が日本の運命を決する本番である。民主党政権が参議院選挙の直前に不利だった場合、別の総理を看板にして参議院選挙を戦うのは許されるだろうか。散々、自民党がやって国民に呆れられた挙句に見捨てられた行為であるが。それを民主党に許すべきかどうか。

 

 民主党の動きがおかしい。鳩山首相の指導力の欠如、目も当てられない。「官僚政治改革」など夢のまた夢、というような状態ができあがりつつある。もしこのまま鳩山首相の政権運営が失敗した時、まさか「参議院選挙がすべて」などと考えて、鳩山首相に代わる選挙向け総理を据えようなどと考えてはいないか。それならば衆議院との同日選挙をしなければならない。それが「憲政の常道」である。政権発足したばかりでそれは早すぎるのではと思われるかもしれないが、単に自民党が弱すぎるので助かっているだけである。

 私は予言する。民主党が「憲政の常道」を守るなら日本国民に幸福をもたらす。さもなければ、混乱だけが訪れる。これは歴史を勉強すれば明らかである。

「憲政の常道」の重大な要件は、選挙によらない政権交代があってはならないことである。つまり政権たらい回しをさせないことが「憲政の常道」である。

 小泉以後、安倍・福田・麻生と、自民党内閣が交代したにもかかわらず、一度も衆議院の総選挙で国民の信に訴えなかったのは記憶に新しい。少なくとも政権交代したら、その内閣は衆議院を解散すべき、それが「憲政の常道」である。もちろん、簡単に内閣を変えてはならない、という前提がある。簡単に内閣が変わるのだからそんなに総選挙をしていられない、というのは倒錯した議論である。それは「現状主義者」の戯言であって、「現実主義」とは無縁の議論である。

 自民党の総選挙によらない政権交代を批判して民主党は今の地位にあるのだから、よもや同じ事をする気はないだろう。それでは民主党が批判した古い自民党と同じである。もっとも今の自民党が昔の社会党と同じなので、「野党が弱いから一党優位が続く」などとなっては国民は悲惨である。少なくとも民主制からは程遠い。

 では古き歴史をたずぬれば、自民党にも「憲政の常道」を守った政治家がいたのである。それが池田勇人である。

 昭和三十五年、革命前夜を思わせる騒乱の中、岸信介内閣は退陣した。社会党も分裂して民主社会党(後の民社党)が結成され、政権担当可能な野党の結成に期待が高まっていた。

 このような中で、自民党の総裁選挙に勝利し、総理大臣の地位に就いたのが池田である。この時の自民党は衆議院定数四百六十七議席中の二百八十七議席と絶対多数を握っており、前の解散から二年しかたっていない。別に解散に訴える必要はない。むしろ黙って二年間をすごそうと考えるのが定跡であろう。現に側近らもそのように考え、翻意を迫った。それに対して池田は答えて一言、「朝、仙人が来てそう言った」と。

 岸首相の誘いに乗り主流派入りした時、総裁選挙に出馬した時、そしてこの時と、重大な政治決断をする時の池田の決め台詞である。客観的には不利である。少なくとも51%以上の勝率など保障できない状況である。そのような場合、理屈で説明しても無駄である。凡人には「見」えないが、政治家には「観」える風景がある。池田の場合、それがすべて当っているのである。ただ説明しようがないだけである。このような政治家の資質をマックス・ウェーバーは「情熱」と呼んだ。困難を切り開く勇気、世界を動かす力量、と呼んでもよい。結果、自民党は九議席を増やし、圧倒的多数を維持した。そして池田政権は長期政権となった。

 今の視点から見れば説明できる点は色々ある。ただ、これを「憲政の常道」という視点からの説明は知らない。あえて不利な状況で勇気を持って決断し、「憲政の常道」を守った。「憲政の常道」は守った政治家や政党にも利益をもたらすのである。

※なぜ「憲政の常道」を守ると政治家や政党の党利党略にもかなうのか、一見して不思議な作用のようだが、英国憲法を勉強すればわかる。A・V・ダイシーは、この原理を1000頁くらいかけて説明している。もちろん、一冊の本では済まない。手品の種のようなものだが、長いので省略。経済学が「適度に個人の欲を満たすようにすれば市場経済は上手くいく。」と説いているのと同じようなもの、と思っていただきたい。「適度に」がツボである。

 我々日本人は「憲政の常道」を守った池田勇人という政治家をもう少し誇っても良いのではないか。それは、我々日本人が欧米人に押し付けられるまでもなく、彼らにとやかく言われない民主制である「憲政の常道」を自分達の努力で勝ち取った点への誇りである。もう、「戦争に負けてアメリカ人に教えてもらうまで民主主義を知らなかった。マッカーサーが言うように、精神年齢は十二歳なのは尤もだ」などという嘘の歴史を信じるのはやめようではないか。

 池田勇人はあらゆる面で戦後最高の宰相である。特に「憲政の常道」を守った!この意義は今こそ問い直すべきである!

※根拠は、7月7日記事の「以下は専門的知識の前提がないと、やや難解な話を。」より後の、追記1と追記2に関連する部分をお読みください。それでもまだ一部である。

 さて再び問いかけ。イタリアでは上下両院の選挙は同時に行わる。日本でもこのような制度を導入しよう、との意見は多い。私は今の憲法で参議院の制度をいじれないのであれば、必ず衆参同日選挙を行う慣例を蓄積すべきであると思う。

 とにかく、政権たらい回しをするくらいなら下野して自民党に政権を譲る。鳩山首相はそれくらいの覚悟で政権運営をすべきであろう。その覚悟があるならば私も応援するし、何より「憲政の常道」が守ってくれるのである。