日本国憲法はデタラメ

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扶桑社より5月1日発売(予約受付中の)

『帝国憲法の真実』

のインタビュー第一弾です。

http://nikkan-spa.jp/630898

「日本国憲法はデタラメ」への16件のフィードバック

  1. 私はじつは5月3日生まれでしてゴミ男ですが、職人道で生きています。
    生ぬるい日本国憲法など消しゴムで消して 帝国憲法でいいと思います。
    そのタブーを打ち破るのが倉山先生でしょう。期待しています。どんな批判も特攻隊以下果敢にアメリカと立ち向かった靖国の英霊よりは大した苦労ではない。だって命は取られないでしょう! ニイタカヤマノボレ!!

  2. 関係ありませんが、ニコ生を拝聴させていただきました。

    アジア諸国民のため、そして人類のために朝鮮戦争や
    ベトナム戦争で起った出来事を徹底的に調べ上げる。

    素晴らしいです!!

  3. 万歳木下康司!!倉山先生失礼します。増税と政局、最高傑作ではないでしょうか。安倍首相は何としても日銀法改正を成し遂げなければないと読み取りました。お前らが増税に走るならこっちはアホほど金融緩和だみたいな。はっきり言って黒田さんもいつ福井氏のようになるかわかりません。他に産経と共産のつながりなど本当に面白く読ませていただいています。 追伸あの某経済芸人はもしかしたら中川さんの件で脅されているのかもしれませんね。 長文失礼しました。

  4. 倉山先生 増税阻止の方法私案 ●もし10%増税したら新聞各社に不買運動する。その際節約術の観点で一番家計で無駄なのが新聞ということを週刊誌にネタを提供する。年間5万程度の節約強調。●ジーク木下関連 新潟市の中国総領事館問題のリークネタを徹底的に調べ上げる。タブロイド紙か週刊誌に無償でリークしネタを提供する。中国韓国絡みだと最高ですね。●とにかく情報戦争ですので敵の嫌がるネタを塾生以下みんなで アイデアを絞りましょう!!

  5. 増税阻止に関する私案

    人を動かすには背面の恐怖・側面の情・正面の理で囲んでしまう。

    ただし、背面の恐怖はここでは取り上げません。
    (倉山先生の本で脅したり、文句を言うのは間違いだと書かれてありましたので。)

    1−同時に農家の皆様を始めとする国民が地元の議員や衆参議員にデフレ脱却のためには地方・国家公務員の給料UPや待遇改善が必要だと訴える(正面の利)

    2−更に、消費税を上げられたら生活ができないので、止めてくださいとお願いする(側面の情)

    デフレという経済状況において増税しても税収は増えません。
    (経済活動という分母が低いので税収が増えません)

    ですので、消費税の減税を狙うためにも下げられた公務員の給料を上げる・待遇を改善してやる気を出す。

    間違っても、公務員や議員の皆様を罵倒したり、脅したりしてはいけません。
    あくまでも、肯定し・理解し・支援する。

    デフレ不況期の8%消費増税を実現した最強の事務次官は誰であるか!

    「ジーク!カイザー!木下康司!ジーク!カイザー!木下康司!」

  6.  9条に関するマッカーサーの覚書について、それが幣原喜重郎からの発案だったという説(私はそれが真相だと考えていますが)を倉山さんももちろんご存知だと思いますが、やはり否定されるお立場ですか?
     「主権国家としてあまりも恥ずかしい憲法」とは、まさしく幣原もその謗りを受けることを承知の上での提案であり、本人もまた「狂気の沙汰」との自覚があったことは、元秘書官だった平野三郎が聞き取りまとめた報告書にも記されています。なぜあえて狂気の憲法を、マッカーサーからの命令という表向きの形をとってまで導入しようとしたのか。もちろん天皇制の維持という目的があったこともありますが、幣原本人の世界平和実現という壮大な構想あってのことでしょう。金森徳次郎も同様のことを幣原から聞かされ口外無用と口止めされていたようです。
     もちろん、一国の首相とはいえ個人の独断で(私は昭和天皇その人の意向も加味されていると思いますが)9条のような条文を盛り込むなど常軌を逸していますが、常軌を逸した草案を真っ先に支持し徹底した改革案を作れとお命じになったのは昭和天皇でした。これにより閣議が納まったと幣原は平野に証言しています。
     もちろん、マッカーサーの議会証言、幣原の外交五十年、平野三郎の憲法調査会へ提出した報告書などに資料的価値がないと判断されればそれまでですが、少なくともアメリカが日本を奴隷国家にしようと日本国憲法を押し付けたのだ、という保守一般の考え方は卑屈に過ぎないかと私は思うのです。

  7. 上田様
    否定します。
    もちろん、それらの史料を検証した上で、信用できないと断じています。
    少なくとも幣原発案説の決定的証拠とはなりえません。
    このあたりの記録は、現在進行形の記録以外は自動的に疑ってかかる必要があります。
    幣原発案説は、「マッカーサーノートが何月何日(何時何分)に書かれたか」という立場からの検証に耐えうるのでしょうか。

  8.  倉山様、ご返答ありがとうございます。
     9条を誰が発案したか、という問題に関して、検証に耐えうる決定的証拠というものは存在しません。マッカーサーメモにしても、原本が紛失してしまっている以上、確実なものは存在しないとさえ言えます。昭和24年1月24日の幣原・マッカーサー会談も、詳細は当人同士でなくては知りえず、それぞれの証言や著作を信頼しないとすれば他は関係者の記憶や伝聞に基づく憶測の類しかありません。
     そう言ってしまうと身も蓋もないので、あえてお答えすると、メモがホイットニーに渡されたのは2月3日。しかし書かれたのはいつかと言うと、1月24日からホイットニーに渡されるまでの間、としか言えません。
     例えばですが、幣原・マッカーサー会談で話し合われた内容を、マッカーサーが会談後すぐにメモとしてまとめ、そのまま保管していた、という仮説を立ててみましょう。
     ケーディスによれば、マッカーサーメモでは、自衛のための戦力すら否定していたので、その部分を削除したとの証言があります。現在の9条のもとになったのはあくまでもケーディスによって修正されたものです。それに対して、幣原は9条に関し、一貫して自衛のための戦力すら放棄するということを公式見解として言い続けた。まるでケーディスの修正などなかったかのようにです。
     もしマッカーサーメモが彼の信念から発したものであったなら、ケーディスの修正を黙認したりするでしょうか。私は、ケーディスの修正があろうがなかろうが、一貫して自衛のための戦力すら放棄すると言い続けた幣原の方にこそ本物の信念を感じ取るのです。それは芦田修正のあとも変わりません。
     マッカーサーメモは、幣原との会談の直後に書かれた。だから幣原の信念そのままに自衛のための戦力ももたない内容で書かれていた。書かれた時点ではワシントンからの指令もあり、マッカーサーは日本側の草案作りに直接的な介入はしなかった。それが毎日新聞のスクープによって状況が変わり、メモ(幣原との会談記録)をケーディスに渡して憲法改正のモデルプラン作りを指示した。
     もちろん、証明しろと言われても無理ですが、歴史、こと政治に関しては、公に公表され、記録されていることばかりでは読み解けないことも事実ですから、自分の好ましいと思えるストーリーに理屈をつけてしまうという悪癖からは人間なかなか抜け出せません。

  9. >自分の好ましいと思えるストーリーに理屈をつけてしまうという悪癖
    と開き直られると、何も言えないのですが。。。

    仮に不自然極まりない貴殿の仮説が正しいとしましょう。
    幣原ってバカですか?

    なお、ご自身で仮説として筋が通っていると思いかもしれませんが、
    まったく逆の結論を導ける仮説は、仮説としても成立しません。
    貴殿が挙げられた事実すべて、マッカーサーが発案者でも合理的説明は可能です。

  10. 上田様が述べられた仮説は、私も以前、読んだ事があります。
    特に資料に基づいた学問的な論説ではなかったので、そのときは「そんなこともあるのかな〜」位の感想でした。しかしこうなると改めて、検証し直さねば、と思いました。
    そういう意味で、ありがとうございます。

    素人にとっての検証とは、資料を当たる事ではありません。
    上田様もおっしゃっておられるように、「証拠は無い」のですから。
    あとは、そういう論が出てくる下地とか、人々の思いとか、国民性を考えるなどの常識的な考察になります。

    日本は、たった一度、戦争に負けただけで「もう二度と戦争はしません」と国を挙げて誓った国民性です。
    これは世界に誇ってよい日本人の特性(平和的に物事を解決したい)だと思います。
    けれども、日本の常識は世界の非常識で、そんな国民が他に居たら是非教えて頂いきたいです。(GHQの洗脳がきわめて効果を発揮しやすい、平和で素直な国民性です)
    隣国など、千年たっても恨みを忘れない、とのたまいますが、日本人は原爆を落とされたからといって、恨んでアメリカに落とし返そうとするでしょうか? とんでもない。

    そういう国民だからこそ、「天皇陛下も永久平和を望んでおられた、9条は幣原氏の発案だ」とか言われれば、そうかもしれないな〜、と日本人なら受け入れやすい論です。
    でも、隣国人だったら、「おまえ、あほか!」でおしまいですよ。
    天皇陛下は確かに平和や国民の幸福を願っておられたでしょう。それについては異論はありません。
    しかし、だから「平和憲法」になった、というのは理論の飛躍だと思います。
    昭和天皇は口を閉ざしたまま崩御なさいました。なら、臣民はあれこれ詮索せず、
    日本国を皆が安心して暮らせる良い国にする事こそ、第一義だと思います。
    それには「お人好し」であってはならないでしょうし、証拠も無いのに、「日本人の耳に心地よい思い込み」で道を誤ってはならないと思います。

  11. 長くなってしまいましたのでひとまずおいとまします。
    最後に金森徳次郎の言葉を引用します。

     幣原さんが無防備主義を主張されたのは事実だが、それは世界が無防備になったときに平和が達せられるというところに主眼がある。そして日本はその先頭に立つであろうというところに時期的なものがふくまれていた。世界の実情を無視された論ではなかったように思っている。準備は実行より前に必要である。(私の履歴書)

     幣原が到達した無防備主義はその背景を考えるとむべなるかなと思えます。原子爆弾が使用されその脅威に戦慄し、軍拡競争の果てに何が待っているか。また、日本が憲法改正を含めた戦後処理を誤ったなら、天皇制の存続どころではなかったでしょう。
     マッカーサーは9条を50年早かったと言ったそうですが、現実の世界は、100年かかっても幣原の確信に近づけそうにありません。愚かなのは果たして幣原なのか、集団自殺の先陣争いを続けようとする人類なのか。もう一度世界規模の大戦でもないと、人間は変わりようがないんでしょうかね。

  12. 証拠がないのに、長期的に見て国益を損ないかねない仮説を立てる意味がわかりません。

  13. 子供の頃日本国憲法の授業でまず前文でひっかかり、第九条第2項の、国の交戦権は、これを認めない に甚だしい違和感を感じました。え?認めないの主語は誰?
    偉そうに!と。私は多分その時にもやもやながら日本国憲法はまやかしだと直感したんだとおもいます。「帝国憲法の真実」でそのもやもやが何だったかが
    わかりました。
    そして、美濃部達吉の云う議会の仕事の三つ目~~行政の監視~~実際に国民に対して権力を行使する官僚を監視する事 が本当に今求められていると思います。

  14. 日本国憲法って、森戸辰男ら左派系(と単純に形容していいのかわからないが)の法学者が起草したものがマッカーサー草案の参考になったのではないのですか?高校ではそう習ったように記憶しています。だから当然、戦力不保持や交戦権否認を謳う第9条は、彼ら左派系の法学者が考案したものだと思っていたのですが違うのでしょうか…?

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